天才パイロットは交際0日の新妻に狡猾な溺愛を刻む
恋々ホールディング
澄んだ春空に、まだまだ雪が残っている山々がくっきりと稜線を描いている。
田舎街を囲むようにしてそびえるその北アルプスを、先ほど一機の飛行機が縫うように飛んできた。きっと、お客様は機内から絶景を楽しんだことだろう。
もうすぐこの信州まつもと空港一帯にも桜が咲く。青空と雪山、桜が織り成す美しいコントラストもぜひ見てもらいたいものだ。
〝降旗 莉真 〟と書かれた社員証を首から提げた私は、開けた管制塔からその景色を眺めてセンチメンタルな気分に浸っていた。
航空管制運航情報官として働く私は、辞令が出されて東京への異動が決まっており、この塔で仕事をするのは今日が最後なのだ。
しかし、駐機スポットに停まっているエメラルドグリーンの機体を見下ろすと、妙にそわそわしてしまう。あの飛行機に乗っているのはおそらく、私にとっていろいろな意味で稀有な存在のパイロットだから。
先ほど無線でやり取りして、この声やしゃべり方はたぶん彼だろうと気づいた瞬間、約二カ月前のワンシーンが頭に蘇ってきて焦った。
私と彼だけの、秘密の出来事──あれを思い出すとドキドキして仕事にならなくなってしまう。無意識にかぶりを振って掻き消したが、忘れていられるのは一時的だろう。