可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─
いつも勝気に上がる眉がしゅんとハの字に倒れて、またベアトリスのクリスタルブルーの瞳が涙を孕む。
「魔王様からすれば、私など赤ん坊ですものね。サイラス様は細胞だなんておっしゃいますわ。やはり魔王様もそう思って」
ベアトリスの両肩を掴んで、その潤んだ瞳に食い入ったジンは断固否定した。
「そうではない。我が妻にキスしたいに決まっている」
「では、なぜですか。私、目を瞑ったりなんかして恥ずかしい想いをしてしまいましたわ」
「そ、それは申し訳なかった」
「魔王様はあの日、私の顔をぺろぺろなさったことがあるのに」
「ぺろぺろ……」
「キスはダメなんですの?」
アイニャが死んだ日、ベアトリスの涙を舐めまわした実績のあるジンだ。だが、あれは慰めの好意だ。キスは肉欲の入り口ではないか。
「キスはまだ早いんだ。ベアトリスわかってくれ」
「わかりましたわ。私を赤ちゃん扱いなさるのですね!」
頬を朱に染めたベアトリスは今度は唇をへの字にしてそっぽ向いてしまう。
キスするために目蓋を閉じたのに流されてしまったなんて、恥ずかしくて悪態が止まらない。
いじらしくぷんすこするベアトリスに魔王たる矜持がガラガラと大崩壊する音がジンに鳴り響いた。
(口づけどころか、今すぐ抱いてしまいたい!!)
ジンはベアトリスを潰さないように優しく抱きしめる。
(だが、そんな早計なことをして野生型の魔獣だと思われたくはない。この抱擁さえ、ありえないほど早計だというのに!)