可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─
死地です魔王様
魔王城から微かに目視できる場所で、最強の竜族と恐れられているカオスがついに着陸した。ジンがその場に留めたのだろう。
(魔王様、どうぞご無事で)
カオスは紅い竜だ。
魔王城と同じほど大きい体躯を持ち、身体中を赤い鱗が覆っている。醜く裂けた口からは巨大な牙が覗き、瞳孔が開いた金色の目が爛々と殺意に満ちていた。
魔王城から巨大なカオスの姿を小指ほどの大きさで遠目に見ることはできても、対峙するジンの姿を肉眼で確認することは難しい。
もっとよく見たい魔族たちが、石の上に立ったベアトリスの下に押し寄せる。
「魔王様が勝つさ!」
「そうだそうだ!俺たちの魔王様が一番強い!」
「あんな古い竜に負けるはずないわ!」
魔王対最強の竜の殺し合いを楽しむ余裕さえある魔国民たちの楽観的な態度に、ベアトリスは目を丸くする。
ベアトリスはあんな邪悪そうな生き物に、夫が勝てるのか怖くなってしまっているというのに。
魔国民が魔王に寄せる信頼は絶大だ。
白くなるほど手を握り締めて、ベアトリスもジンの戦う方向を見つめた。
遠目が効く魔国民の一人がぽつりと口にした。
「あれ、ヤバくない?!」
「ヤバ」
「何?」
カオスが牙を剥き口の中に大きな光が溜まっていた。こんなに距離があっても、ベアトリスはその光の禍々しさに本能的にゾッとした。
(何なのあれ)