可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─
「王妃様」
ベアトリスは誰を呼んでいるのか一瞬わからなかった。ふらふらする視界で声の方に顔を向けると、隣に羊のツノを生やし人間の顔をした子どもが立っていた。
「痛い?」
一人で痛みに耐えていたベアトリスの背中に小さな手が添う。
ベアトリスが振り向くと、不揃いな姿かたちをした何人もの魔国民たちが心配そうに視線を送っている。
ドクロ族の夫婦に、羊のツノを持った家族、鳥の翼を持ったキツネ顔の男性など、多種多様な取り揃えだ。
「え?何ですの?皆さん早く地下に逃げ……」
羊のツノを生やした男の子がベアトリスの腕をひっぱる。ベアトリスを中庭の地面に座らせると、男の子の父親が額に布をあててくれた。
「王妃様、これサイラス様が怪我をしたときにくれるお薬です」
「ここは危ないですわ。急いで逃げないと」
「わかってます!でも、まずご自愛ですよ!」
男の子の母親が薬を取り出して、ベアトリスの額に塗り込んでくれる。
ベアトリスは魔国民に親切にされたことがなくて、呆然とした。
(そうでしたわ、もう彼らと私を隔てていた加護はなくなったのですね)
生贄姫の加護として活躍していたぷるんはすっかり黒い塊だ。ここにいるベアトリスはもう、生身のただの人間。襲われたらひとたまりもない無防備さだ。
だが、隔たりを失くしたベアトリスに魔国民は優しく触れた。
男の子の母親が応急処置として頭に包帯を巻くと、羊のツノを生やした男の子は笑った。
「きっと勝てるよね!王妃様!」