可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─
ピンチにチャンスな生贄姫
生粋の闇の中では、すべての感覚が麻痺していくことをベアトリスは知った。
右手がどこか、左手はどこか、顔は、口は、どこなのか。
いつも首に飾っているはずの金のロッドはここにあるのか。
全ての感覚が失われる闇の中では、己の存在が消えていく。闇に溶けていってしまうのだ。
(私はまだ、生きているのかしら?)
暗闇の中で自分の存在があやふやになり、声も聞こえず、恐怖だけがここにある。
息をしているのか、もう死んだのかも曖昧になる。
そんな状態で長く闇に置かれたら、精神が壊れていく。それを賢者サイラスはよく理解していた。
闇は心を殺すことができる。
(ベアトリス、落ち着いて。大丈夫よ。
ずっと一人で生きて来たわ。
孤独なんて慣れっこよ)
ベアトリスは必死で己に言い聞かせた。感覚が消え去っても思考だけは消えていない。思考だけは手放さないと決めて考え続けた。
(アイニャの狩りは終わったかしら。私を心配して探しているはずだわ)
ベアトリスは思念に集中してアイニャの毛並みを思い出す。あの愛しい声を瞳を、重さを、思い出す。
(アイニャは大丈夫、野生でも一人で生きていけるわ。
でも、私はいつまでこのままかしら。
エリアーナ様が出してくれるとは考えにくいわ)
もし、一生このままだったら、の想いがよぎると闇に飲まれてしまいそうだ。思考を放棄したら終わる。
しかし、思考がもたらす不安という精神的苦痛こそが己を殺す可能性も出てきた。