可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─

茶色の長い毛足に包まれた魔狼は敵意をむき出しに、大きく裂けた口から涎と大きな牙を覗かせた。


荒い息を繰り返して、ジンとの距離を測っている。魔王と対峙する気があるのだ。


魔族最強の魔王に対してさえ牙をむいてしまう阿呆さが、理性型魔族から嫌われる最大要因だ。


「交渉は決裂だね。君らは規則を守らないから、こうするしかない」


一匹の魔狼が一歩踏み出した次の瞬間、ジンが両手を前にかざす。ジンの両手先から目も眩むほどの閃光が発した。


ベアトリスが思わず目を瞑りジンのマントを掴むと、ジンの尖った耳がピクリと反応する。


「私は歴代魔王の中でも柔和な方だよ?だが」


眩しい閃光が止み、魔狼のキュゥンと情けない声が細々と響いた。ベアトリスが目を開けるとそこには砂煙が満ちていた。


「どんな理由があろうと、私の定めた規定区を出た罪は重い」


煙が風に流されて視界が晴れてくる。もう魔狼の群れはどこにもいなかったが、肉が焦げた臭いだけがその場には残っていた。


柔和な魔王様によって魔狼は瞬殺殲滅されたようだ。


(容赦ないわ……これが噂に聞く魔王様の本質)


人間国と魔国の境目からは冷酷非情の魔王様の噂がよく聞こえて来た。

攻撃の意がなくとも道に迷って入り込んだだけだとしても、魔国への境界線を犯せば「排除」だ。


ベアトリスの視界に、小さな黒い塊が一つ、地面に横たわっているのが見えた。


ベアトリスはジンの後ろからもつれた足で黒い塊に走り寄った。


まさか、そんなと否定しながら、黒い塊の横に膝をつく。


「アイニャ?」


ベアトリスが抱き上げた黒い塊、アイニャには後ろ足が一本しかなかった。


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