可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─
ベアトリスは小さな声で無謀な願いを口にした。
アイニャのなくなった片足の根元を手の平で懸命に押さえる。だがベアトリスの手が赤く染まるだけで、血が止まることがなかった。もう全身の血が流れ出てしまったかもしれないほどの量だった。
アイニャは微塵も動かない。もうとっくに息なんてしていない。
あの愛しい「ニャ」の声が響くことが二度とないと、ベアトリスは痛感する。
「アイニャ、置いて行かないで。一人にしないでアイニャ」
亡骸になってしまったアイニャを抱きしめて、ベアトリスは涙が零れ落ちそうになるのを何度も飲み込む。
目を強く瞑って溢れないように我慢する。今ならすぐに涙の小瓶いっぱいに泣いてしまう。
だが、ベアトリスは絶対に泣いてはいけない。
涙の小瓶がいっぱいになってしまったら、人間国で地獄が待っている。
ベアトリスが地獄に行くことをアイニャは望まない。
アイニャと深く愛し合っていたからこそ、わかる。
アイニャはいつもベアトリスを助けてくれた。
アイニャはベアトリスの幸せを願ってくれている。
生贄姫の涙を手に入れたジンは、ベアトリスを人間国に送り返してしまうだろう。
だから最愛の友だちを失っても、
どんなに悲しくとも、
アイニャのためにこそ
ベアトリスは、絶対に泣けないのだ。