可愛くて、ごめんあそばせ?─離婚予定の生贄姫は冷酷魔王様から溺愛を勝ち取ってしまいましたわ!─
月のない暗い夜の茂みの中で、ベアトリスは座り込んでじっと動かなかった。動かないベアトリスの隣に、ジンは胡坐をかいて座っていた。


亡骸になったアイニャを抱きしめて、必死で涙を堪えて震えるベアトリスの細い肩を見つめていると、ジンの尖った耳がピクピク動き続けてしまう。


命が失われた感慨はない真っ赤な瞳で、ジンはベアトリスの涙を期待して待っている。


(泣くのだろうか?)


ベアトリスは何度も大きく息を吸っては吐いてを繰り返して涙を我慢していた。

震える体、荒い息遣い、血がにじむほどに噛みしめている薄い唇。

血がついた頬に真っ赤に染まった手さえも、どれもがジンの尖った耳を震わせる。


(泣いて欲しい)


早く、ベアトリスの涙が見たい。

ジンはその一心だった。


美しく愛らしく強く見せるベアトリスの、か弱い涙はさぞ美しいだろうと想像するとジンのみぞおちがゾクゾク震えた。


使い魔が死んで悲しい気持ちは、魔王ジンにはわからなかった。


共通認識を持ちにくい魔族であるが、大概の魔族は使い魔が死んでも悲しまない。使い魔の代わりなどいくらでもいるからだ。


だが死に震えるベアトリスにとっては、使い魔の死が至極辛いように見える。

生贄姫としての涙を流すことを徹底的に拒否しているベアトリスは、まだ抵抗を続けている。


(どうしても……泣かせたい。どうしても)



 
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