天使が消えた跡は
子犬だと思って気を許していた薫の身体は一瞬にして硬直する。
その『何か』が自分に向かってきて『殺される!』と思ったその刹那。
「きゃあぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げて反射的に目を瞑る。しかし痛みも何も感じていないことに気付いた薫は目を開けて、その状況に戸惑う。
「う……浮いてる……?」
背中に妙な違和感も感じた。
頭の中で声がする、不思議な感覚
『薫ちゃん大丈夫? 何とか間に合ったみたいだけど……』
そう言うのは安堵の声を漏らすルーだった。
『僕、羽根になれるんだ。詳しいことは説明できないけど、今は薫ちゃんが思うままに動くからね。早くあの悪魔をどうにかしないと』
悪魔?
そうか……あの黒人の彼女が悪魔に身体を売った人だったのか……。
改めて自分の置かれている状況を把握しなければと頭をフル回転させる薫。
いつどうやってあの子犬を彼女が作り出したのかは分からないが、とにかく自分を攻撃してくると分かったならばこちらも対策しなければならない。
でも子犬を手に掛けるなんて、ちょっと躊躇してしまう……。
風貌が目立ちすぎてしまうからとルークには寮の外には出るなと伝えているから彼の助けを期待することも出来ないし。
「そうか、光のナイフか」
こういう時のために自分に力があることを思い出した薫。自分の半身ほどのサイズのナイフを作り出して子犬に向かってそれを構える。
改めてみるともうそれは子犬と呼べるような形はしておらず、どす黒い丸いものから何本ものミミズのような触手が映えてきて、その先端はとても鋭くとがっている。
そのミミズもどきの長さには限界があるらしくある程度の高さに浮かんでいる薫に攻撃することは出来ないでいるらしい。
薫は意を決して子犬だったものにすかさず近付き、一本の触手を切り落とした。すぐに距離を取る。
切り落とされたそれはボトリと地面に落ちるとどろどろと溶けて跡形もなく消え去った。
しかし、一本切った程度ではまったく致命傷を負わせることは出来ない。
真正面から本体を切りつけるしかないと考える薫は、距離を取ったまま地面に降り立ち、一直線に子犬だったものに向かって走っていった。
視界の端々に何本もの黒いミミズを捕えながら――――――……。