天使が消えた跡は
「ただいまぁ……」
いかにも疲れ果てた声を出してルークのいる自分の部屋へ入ってきた。
「あ、おかえ……」
ルークがしゃべりだした言葉を途中で消したのは薫の傷を見たからだろう。すぐさま駆け寄り安否を確かめる。
「まぁ、それなりに痛いけど、そんなに深い傷は無いから大丈夫だよ」
そう言う薫をじっと見ながら、不安げな表情を見せるルーク。
「本当に大丈夫だよ、それよりこの状況を見て分かると思うけど、現れたよ。ほんとに。『彼女』」
彼は薫の腕や肩を撫でて傷を気にしながらもその会話も聞き逃せない。
「どんな、女の人だった?」
「黒人。すごく綺麗な人だったよ。髪の毛が胸くらいまであったかな。でも、細かく髪を編んでいたから、実際はもう少し長いかもしれないけど」
ゆっくりと身体をかばうようにベッドに座りながら返事をする薫。
「サラク……」
ルークはぼそりと呟いた。
「サラク? あの人サラクって言うの? でもなんでルークがそんなこと知ってるのよ。
なんだか不思議。私が名前を付けた時も驚いてたし、何か隠してる? ルークって何者? 王子様の側近中の側近だったりして?」
「何も隠してないよ、大丈夫」
そういってかぶりを振るルーク。そしてお腹が空いたと言って玄関ドアの近くにある冷蔵庫を開ける。
「あ、チョコレート発見。この間言ってたちょっと高級なチョコレートだ!」
しまった。
「薫のチョコレート発見! 俺のことを色々詮索しようとするならば、このチョコレート食べてしまおうか?」
「駄目だってば、分かったわよもう聞かないから。聞かないからチョコレートは冷蔵庫の中に戻しておいてちょうだい」
学習能力のない私……。
「ところで―――」
チョコレートを冷蔵庫にしまいながらルークは口を開いた。
「そんなに細かい傷を作って、どんな戦い方をしてきたんだ?」
薫は大まかに説明をする。
「って感じ」
説明を終えるとルークは薫の横に座った。
「って感じ。じゃない! どうしてそんな危ない戦い方をするんだ。
いくら運動神経が良かったとしても、致命的な傷を負わなかったのはほぼ偶然に近いよ! ちゃんと自分の身の安全を考えた戦い方をしなさい」
とは言われても、戦ったことなどない。唐突な説教に小さくなる薫。
「でもまぁ、ちゃんと倒してきたんだ。そこは誉めてやろう」
そう言って薫の頭を軽く撫でた。
『ドキッ……』
薫の感情が波打った。それをごまかすかのように、他の話題を振る。
「えっと、そうだ、あのね、最初に悪魔に襲われたときにルーが羽根になって助けてくれたんだよ。ルーはどうして羽根になれるの?」
話題を変えたきっかけで、ルークは薫の頭を撫でるのをやめてしまった。
少しだけ寂しくなる薫。ルークに感情を揺さぶられてしまっているようだ。
枕元に寝転がっていたルーを抱きかかえてもう一度『どうして?』と聞いてみた。
「どうしてって言われてもー……」
そう言いながらルーは薫の頭の上まで移動し始める。
「二人とも秘密ばっかり。じゃぁどうして何も言わなかったのに、私の生きたい場所に飛んでいくことが出来たの?」
「それは、ぼくの思考が薫ちゃんの頭の中に入り込んでるからだよ。だから、僕が羽根になってる間は薫ちゃんがどこに行きたいのかがすぐ分かるんだ」
「ふぅん。そうなんだ。」
でも、結局細かいことはきっと教えてくれないんだろうな、と思いながら薫はベッドに身体を預ける。
「それにしても、今日は疲れたよ……」
いてて……と呟きながら腕を伸ばす薫。
体が水分を欲しているのを感じて飲み物を取りに行こうと再び起き上がろうとしたところで腕の力が抜けてガクンとベッドに倒れ込んだ。
「薫、力を使いすぎたんだよ。無理な動きもしたみたいだし。今日はご飯を食べて、ふろに入って、もう寝ろ」
口調は厳しいが、優しい指が薫の髪を撫でる。にやけてしまいそうになるのを必死で止めた。
「分かった。じゃあ食堂に行ってくるよ」
そう言って今度はゆっくりと立ち上がって寮の中にある食堂へと足を運んだ。
無論、その場所で質問攻めにあったのは言うまでもない。