天使が消えた跡は
「初めまして」
その口調はとてもやさしかった。そして彼もまた日本語が上手だ。
「もうお一方をお呼びしてきます」
そう言ってクォールさんは部屋から出て行ってしまった。きっと例の彼女、サラクが到着したのだろう。
その間二人きりになってしまい、何も話すこともなく時間だけが過ぎてゆく。
それにしても全く顔を見せないなんて何に用心をしているのかしら。
「これが気になりますか?」
そう言って、被っているフードを小さく下に引っ張る王子様。
「え、いや、えっと……」
どう返事をしたらよいのやら緊張してまともな会話が出来ない。
「失礼かと思ったのですが、婚約者一人だけに見せたいので、選ばれた人だけが見ることが出来るように今はこうして隠させてもらっているんです」
その言葉を聞いて薫は何かを疑った。似ているのだ。
『コンコン』とノックの音が聞こえて、サラクがやってきた。そして王子様とサラクは薫には分からない言語で話始める。
なにやら最後の言葉を言い終えると、身体をびくつかせるサラク。
王子さまは薫の方向を向くと、
「天使が残り、悪魔が葬られる」
と呟いた。
はっとして、反射的にサラクの方を見る薫。彼女も薫を見ていた。
もとい、睨みつけていた。そしてその身体からは異様なまでの殺気が放たれていた。
「戦いは好まない。戦う者はその場で自分の妻の資格を無くするだろう」
王子さまはそれぞれにそう言うと、しばらくは自由に生活するといいと部屋を与えられた。
2週間ほど経った頃だろうか。この場所の生活にも慣れてきていたが、依然として妻を決めるためのテストのようなものもない。
一体どうやって一人を選び、それを妻にするのだろうと考えていた。
確かに王子様との接触はある。その間に彼はいろいろと性格診断でもしているのだろうか。
天使が残り悪魔が葬られるという言葉も気になる。
恐らくサラクが悪魔であることに気付いているはずなのに、なぜ何かしらの対処をしないのだろうか。
様々な疑問をここ数日間考えていたが、やはりその答えは見つからない。
「昼食が出来上がりました」
そう言うクォールさんの声を聞き、嬉しそうに用意されていた自室から出る薫。
ルーはずっと羽根のままだ。てるてる坊主にはずっと戻っていない。
ルークはいつも中庭にいるらしい。しかし未だに中庭がどこにあるのか見つけられない。