天使が消えた跡は
今日の昼食はパスタだった。ここの食事はとてもおいしい。そして薫はここにきてパスタが大好物になった。
天気が良かったので、宮殿の外にある素敵なテーブルにそれは用意されていた。
椅子に腰かけ、すぐさま食べ始めるとサラクもやってきた。
薫の目の前に座る彼女。その表情は険しかった。気分が優れないような雰囲気でもあったがあまり気にしないことにした。
食事は二人ともほぼ同時に食べ終わった。口の周りを拭いていたところ、サラクが立ち上がり左腕を薫に向かって突き出した。
その手の平から黒い液体のようなものを出し始めようとする。が、そこから液体がなかなか出てこない。そして、徐々に彼女の腕自信が黒く変色し始めた。
視界の隅に何かが入った。見るとルークだった。
「そろそろだ」
そう言ってほほ笑むルーク。全く何のことは分からないでいる薫。その優しい笑顔は何を意味しているのだろう。
「王子様と仲良くしてくれよ」
そう言ってルークは優しく薫の頭を撫で、額に小さくキスをした。
薫の思いの中には、拒絶と言う言葉が入って来ていた。
とても嫌な予感を感じていたのだ。そして、ルークに対する愛情がとめどなくその身体中に溢れてくる。
離れたくなくて彼を抱きしめようと思った時。
小さな風と、香りを残して……。
――――彼は消えてしまった……。
何も言えない薫。
いったい、今何が起こったのか。自分の目の前にいた人はどこに行ったのか。拒絶と言う叫び声すら上げられないでいる。
『コツ……コツコツ……』
王子様の足音で我に変える渚。彼は相変わらず大きなフードで顔を覆っている。
薫は椅子に座ったままだ。ルークはもういない。もし婚約者に選ばれてしまったら、自分はこの王子様と結婚しなければならないのだろうか……。
椅子から立ち上がることが出来ない。
サラクの腕は完全に黒く変色していた。これから何が起こるのだろうか。
不安と恐怖が入り混じる中、『もう、どうでもいいよ』という感情があるのも確かだった。
歩いてきた王子様は何やらサラクに話しかけている。
「天使が残り、悪魔が葬られる。そろそろ時間がきたようだ」
日本語だった。やはり似ている。信じていいのだろうか……?
大粒の涙を流す薫。とめどなく溢れ、だれも止めることが出来ない。
ルークが来ない限り、だれも止めることが出来ないと瞬きもせずにただ流し続けていた。
気が付けばサラクの身体は膨張し始めていた。
「道連れにする気か」
そんな王子様の呟く声も、薫にとっては混乱を招くだけのものになっている。
サラクの両腕はどす黒くなり、今まで見えなかった羽根が、真っ黒な羽根がその背中から勢いよく噴き出すように生えてきた。
完全にサラクは悪魔になってしまったのだろうか。もう身動きの取れない薫は殺されてしまうのだろうか。
薫よりもはるかに大きく巨大化した彼女は原形をとどめないその指先から伸びる鋭い爪を振り上げる。
そしてその爪が渚にあと数十センチと迫った時。
「―――――――ルーク!!!」
そう、叫んでしまっていた―――……。