天使が消えた跡は

　―――婚約者？　薫は再び布団に潜りたい気持ちにかられた。


「薫ちゃんは可愛いからきっと王子さまは結婚相手に薫ちゃんを決めると思うよ！」

　婚約者？　結婚？

「ま、待って待ってよ、婚約？　結婚？　王子様？　もう何が何だか分からないんだけど……。それにあなたは誰なの？」

　気が付けば気持ちの悪い汗で身体中が湿っていた。ベッドから上半身を起き上がらせ、毛布を握りしめながら勇気を振り絞って声を出してみた。

「テレビを見てよ、テレビをつけてっ」

　毛布を握りしめた手の甲を妖精はぺちぺちと叩きながら、薫をあおる。

　仕方なくベッドから起き上がった薫はテレビの電源を付けた。朝のニュース番組が流れている。


『再びお伝えいたします。新しい島が発見されました！　今までどうして見つかることがなかったのでしょうか、はっきりと島が見えます』


　ヘリコプターから報道を伝えるニュースはなおも続く。

　『通信機器も設備が整っているようで、中の情報はしっかりと伝わっております。

王子と慕われている方と、その付き人の二人で生活をしているようです。

そして、世界中から１０人の女性を集め、婚約者候補として選ばれた模様です。日本からも一人少女が選ばれたとの情報があります』

　テレビに映し出された名前の中には、はっきりと四月一日薫の文字もあった。呆然とする薫だったが。

『ジリリリリ……！』

目覚まし時計の音で我に返った。黄色いヒヨコをかたどった可愛らしい目覚まし時計からは、おおよそヒヨコとは思えない大きな音が発生している。

時計の針は午前８時を指していた。

「噓でしょ！？　あと１５分でＨＲ始まっちゃうんだけど！　このポンコツ目覚まし！」

　勢いよく布団から飛び出した薫は壁のフックに掛けてあった制服を乱雑に持ち出し、パジャマを脱ごうとするが思いとどまった。

「ねぇ、こっち見ないでもらえる？　あなたが何者なのかさっぱり分からないけれど、着替えを見られるのは流石に抵抗があるのよ！」

　小さなショウジョウバエを振り払うかのように妖精に向かって手を振るとその子は素直に後ろを振り向いた。

「そうだよね、お妃さまになる人の着替えなんて見てしまったら、王子様に怒られちゃうかも」

　問題はそこじゃない。そう思ったが、今は一刻を争う朝の戦いの時間。急いで着替えてカバンに教科書を適当に詰め込んだ。

　部屋のドアを勢い良く開け女子寮の共有場所となっている洗面台まで駆けていく。