天使が消えた跡は
「その1人は悪魔に憧れを抱いて、少しずつ天使への憎悪を膨らませている。
それで王子が狙われているんだ。もし他の9人も天使になってしまったら、憎悪の矛先はそちらにも向くだろうね……」
「いまいち話が飲み込めないんだけど、私も天使になる可能性があって、もし天使になったら私もその人から狙われるって言うこと?」
「理解が早くて助かるよ」
天使はゆっくりと薫の顔を見つめる。
「すでに、体が悪魔の形になりつつあるという話も聞いたよ。悪魔は傲慢だ。
自己中心的で自分の思い通りにならないと何をしでかすか分からない。そうだな、日本で言うなら式神のようなものを使ってくるかもしれない」
悪魔になりつつある……? 私が襲われるかもしれない……?
なぜそんなに天使に憎悪を、悪意を抱いてしまうの?
「ところで君……」
「ねぇちょっと待って」
無言になっていた薫に話しかける天使に向かって手の平を見せ、言葉を途切れさせた。
「君ってやめてほしいかな。私にはちゃんと名前があるんだから。名前で呼んでよ、薫って」
一瞬戸惑い、そして微笑む天使。
「わかったよ――薫」
『ドキッ……』
高鳴る胸は一瞬だった。それはこの天使がとても綺麗な風貌をしているからなのか、一瞬にして惚れてしまったからなのか、薫にはわからなかった。
その気持ちをごまかすように話を続ける。
「えっと、あなたの名前は? 教えてくれないと何て呼べばいいのか分からないわ」
「俺の名前は薫がつけてよ。名前、あるけど今は教えてあげられないんだ」
「なによそれ、名前があるなら教えてくれてもいいじゃない」
頬を膨らまして不満げな薫。そんな薫を後目に天使は部屋の中をきょろきょろと見回している。
目に留まったのはテーブルの上に置いてあるチョコレート菓子。
薫の大好物で、最後の2個は明日食べようと残しておいたものだ。
「チョコレートだ。早く食べないと溶けちゃうんじゃないの?」
それに手を伸ばす天使。
「駄目駄目、これは私が大事にとっておいたチョコレート。簡単に解けない美味しいチョコレートなんだから」
そう言って確保しようとした薫だったが、天使の方が一足早かった。
「うん、おいしい」
許可も取らずに1つ食べられてしまった。
「もう1個も食べちゃおうかな」
そう言って手の中で個包装されたチョコレートを弄ぶ天使。
「駄目だってば、ちょっと高いチョコレートなんだよ、返してよ! ほら、あまり騒ぐと管理人さんにも迷惑かけるし!」
「騒いでるのは薫の方だよ」
そう言ってくすくすと笑う天使はとても綺麗だ。
ルーと同じように綺麗な髪をしていて、短めにカットされているその髪は、彼が少し微笑むだけで綺麗に揺れる。
目鼻立ちの整った、まるで漫画かアニメの世界から飛び出してきたような程、綺麗な白い肌で、立ち居振る舞いや話し方もとても高貴な感じがする。
背中には、背丈ほどの大きさの羽根が綺麗に畳んであって、触り午後値はとてもよさそうだ。
「わかった、もう名前を付ければいいんでしょう? えーっと……」
考えてくれると分かったのか、天使はじっと薫の顔を見つめ始めた。
それに気付いた薫は少しだけ視線を逸らす。