全てをくれた君に贈る、僕の些細な愛の詩

2.きらきら星変奏曲

どうして大の大人が着ぐるみの中に入って、しかも現役女子高生の話し相手になっているのか。

下心とかそんなんじゃまったくない。むしろ僕は健全なほうだ。

僕とさくらちゃんの関係を説明するのはとても難しいが、50字以内でまとめてみようと思う。

僕が10歳の時、家業を手伝うために着ぐるみを着てバイトのようなものをしていたら、7歳のさくらちゃんがほぼ毎日人気のないこの公園でお話してくれるようになった。

やっぱり複雑な僕らの関係を50字以内で表すのは難しい。

ほとんど伝わっていないんじゃないか?

今の説明をもっと詳しく言うとする。

まだ10歳だった僕は体力もなく、重い着ぐるみを毎学校終わりに着て「里クマくん」として活動するのは、相当の労力を要するものだった。

だから、ある日の休憩時間、まったく人の来ない、街からかなり離れた公園で休憩をしていた。

その時の僕は、家業の手伝いだとしても着ぐるみのバイトをしていることをクラスメイトにばれたくなくて、あえて遠い公園に来ていたため、疲れ切って着ぐるみを取ることもできなかった。まあ、もしクラスメイトが来たらどうしよう、とも思っていたんだけど。

そしたら、小さな足音と「クマさんだー!」という声が近くから聞こえてきた。

それがさくらちゃんだった。

あの時さくらちゃんはまだ7歳で、そばには上品そうなお母さんもいた。

さくらちゃんは制服で、お母さんは紺のワンピースを着ていたので、きっと入学式の帰りだったんだと思う。

急な展開に固まったまま座っていると、さくらちゃんが目の前の小さな白い椅子にちょこんと座った。

「クマさんこんにちは!!」

さくらちゃんの目はきらきら輝いていて、まるで中に10際のサッカー少年がいるとは思いもしていないようだった。

僕が何も言えずクマのふりをしていると、黒いワンピースを着たお母さんがゆっくり近づいてきた。

「あら、かわいいぬいぐるみ。ずいぶん大きいのね。さくらぐらいあるんじゃない?」

その時僕は、目の前に座る小さな少女の名を知った。

クマが着ぐるみだと気づいていない母娘を目前に、僕は顔が見えていないのをいいことに、余裕な顔で「どうしたものか」と思っていた。

きっと明日には来なくなっているだろうし、正体もばれていないんだから、このまま時が過ぎるのを待っていればいいや…と。

しかし、さくらちゃんはその日から毎日のようにここへやってきた。

ある日は絵本を持って僕に読み聞かせをしてくれたり、ある日は満点のテストを僕に自慢したり、ある日はお母さんに怒られて泣きながら抱きついてきたり。

そのころになると、僕は毎日の重い着ぐるみバイトの休憩時間が楽しみになっていた。

僕の休憩時間以外や休日にも来ていたりするのかな、と思うと、その時のさくらちゃんが見られないのが少し悔しかったけど、いつも満面の笑みを見せてくれるさくらちゃんが、僕は大好きだった。

小学校に入って少し時間がたったころ、さくらちゃんはピアノを始めた。

今でこそさくらちゃんは、「皆よりずっと遅く始めたし、うまくもないから恥ずかしい」と言っているけど、あの頃のさくらちゃんは、本当に嬉しそうにピアノについて話していた。

僕はさくらちゃんのピアノを聴いたことはないが、きっとさくらちゃんのように、明るくて柔らかい音色なんだろうなと思う。

そんなふうに時がたって、僕は高校三年生に、さくらちゃんは中学二年生なった。

ちょうど受験期だった僕は、バイトも休んで勉強ばかりして、なかなかさくらちゃんの話を聞けないまま一年を過ごした。

勉強が落ち着いてきたときなどにまたあの公園に行くと、クマのいない椅子に座ったさくらちゃんが、イヤホンをしながら勉強していた。

僕のことを思ってくれていたわけじゃないだろうけど、まだ来てくれていたことに感動しながら、受験が終わったらすぐに会いに行こう、と心に決めた。

受験が終わってすぐバイトを再開した僕は、休憩時間にはやる気持ちで公園へ向かった。

まださくらちゃんの学校が始まる時間ではなかったので、一年間座れなかった白い椅子に腰かけ、ずっとさくらちゃんを待っていた。

久しぶりにちゃんと見たさくらちゃんは、もうすっかりお姉さんで、でも少しあどけなさが残る、立派な美少女になっていた。

小さいころから僕と一緒に過ごしていいたさくらちゃんは、なぜ僕が時々いないのか、そして最近はずっといなかったのか、深くは考えていないようだった。

それでも久々に表れた僕に、あの笑顔を見せて、さくらちゃんは学校のことを教えてくれた。

ずっとクマ吉がいなくて寂しかったこと、来年から受験生でここに来られないこと、中学最後の音楽祭でピアノの伴奏を弾きたいこと。

僕がいなくて寂しがってくれていたことが嬉しくて、来年から来られないのは寂しくて、応援したい気持ちもあって、ピアノの伴奏については、動かせない体で精一杯エールを送った。

さくらちゃんが受験で公園に来られなくなったころ、僕は高校生なのでバイトを始めた。するとある日、さくらちゃんがお店に入ってきた。

僕はもう本当にびっくりしてしまって、あの時の焦りがさくらちゃんに伝わっていないことを願う。

今まで聞いたことのない、ちょっと緊張したさくらちゃんの声を聞いて、僕は自分の正体を教えたい気持ちを必死に抑えた。

さくらちゃんがコンビニに来るのは不定期で、たまに来たときは眠そうで疲れていて、とても心配だった。

だから僕は、さくらちゃんがコンビニに来るたびに「よければどうぞ」と言って、さくらちゃんにいちごの飴を渡していた。

勝手な行動できっと気味悪がられていたと思うけど、あの時みたいな明るい顔がもう一度見たくて、思わずあげてしまっていた。

僕が自腹で買ったものだし、そんなに後悔はしていない。

最初に飴をあげたとき、さくらちゃんは驚いた顔で「悪いですよ。大丈夫です」と言っていたけれど、そうですよね…と凹みながら飴を戻す僕を見て、「や、やっぱり、もらいます。甘いの好きだし!」と言ってくれた。

名前も知らない店員に気を使えるさくらちゃんはさすがだな、と思いながら、その時からさくらちゃんが来た時には飴を渡すようになった。

僕はスタバの店員じゃないから、飴にメッセージも書けないけど、飴を渡すときの「よければ、どうぞ」にたくさんの気持ちを入れて渡していた。

そうやって一年を過ごしながら、ついにさくらちゃんに会える日が来た。

会えなくなる前さくらちゃんに、「受験が終わるのは二月一日だから、終わったらすぐ来るね!」と言われていたから、僕はいつもより早い時間に、わくわくしながら椅子で待機していた。

すると、さくらちゃんがはにかみながら小走りでやってきた。

椅子に座ったさくらちゃんは、うれしそうに、まだ結果はわからないけど、手ごたえはあった、と教えてくれた。

さくらちゃんが受験に合格してから今日まで、さくらちゃんがバイトを始めたり、僕は大学受験をしたりで、会える日はずっと少なくなったけど、今でも僕はさくらちゃんに会うのが一番の楽しみだ。
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