全てをくれた君に贈る、僕の些細な愛の詩

4.雨だれ

着ぐるみを脱いで腕時計で時間を確認すると、五時十分。

さくらちゃんが公園へやってくるのはだいたい四時半で、四十分くらい自由に過ごした後帰っていく。

昔はもっと長くいられたけど、今では宿題やピアノの練習に追われてなかなかいられないらしい。

そして僕も。

苦手な飲み会に誘われたり、課題を終わらせなきゃいけなかったりで、さくらちゃんとの時間が終わると、すぐに動き出さなければいけない。

なのに。

僕は椅子から動けなかった。膝に手を置いて、大きくため息をつく。

僕は、クマ吉じゃない。

そんなこととっくのとうに知っているが、毎日のように、クマ吉になれればいいのにと願ってしまう。

そうすれば、何もつらいことは考えないで、さくらちゃんの話だけを聞いてあげられるのに。

「……はっ」

バカなことを考えている間に時間は流れていく。

六時から六本木で飲み会に誘われていた。

強引に誘ってくる山之内の誘いを断れず、渋々行くことになったのだ。

僕が十年も、クマ吉ではなく人間であることをさくらちゃんに言っていない理由は、僕の性格にあった。

僕はさくらちゃんのことを「優柔不断」だとか「他人優先」だとかいうけど、実のところは、ほかでもない僕こそ、優柔不断で他人優先な人間なのだ。

いつも笑って断ることができないから、みんな僕のことを「ノリがよくて優しいやつ」と言う。

だけどそれは大きな間違いで、僕もさくらちゃんのように悩む。起きられない朝もある。

息を吸うことさえ怖い時もある。

それでも、今日もさくらちゃんと会える、と思うと、なんとか生きていられる。

だから受験期は本当につらかった。

生きる意味がびっくりするほど見当たらなかった。

正直なところ、今だって生きる意味なんてわからない。

今「死んでしまえ」と言われたら死んでしまうかもしれない。

そんな僕を、さくらちゃんという存在が引き留めている。

春の花のように笑うあの笑顔を見ると、ああ、まだ頑張ってみよう、と思えるのだ。

昔、自殺未遂をした十六歳の少年のブログを見たことがある。

少年のブログには、「今さっき自殺しようとしました。だけどできませんでした。

死ぬ理由が見当たらなかったから。

大きな理由もないのに死んで家族に迷惑をかけたくなかった。

そんなふうにいつまでたっても死ねない自分が大嫌いです。」と綴ってあった。

その少年のブログを見たのはその時が初めてだったけど、ものすごく記憶に残っている。

これは僕だ、と思ったから。

家族にも愛されている。

金銭的余裕もある。

友達もいる。

なのに毎日息をすることが怖くてたまらない。

消えてしまいたいと何度も願う。

理由なんてないのに。

せめて、何がつらいのかだけでも分かれば、まだ落ち込みようがあるのかもしれないけど。

そう思っていると、ポケットに入れていたスマホが振動した。

山之内からだった。

『お前いまどこー?オレはいま加奈子と合流した』
そんなメッセージとともに、ピースした二人の写真が送られてくる。

加奈子とは、さくらちゃんがあこがれていたような顔をした女性だ。

大きな猫目にあざとく歪められた赤い唇。

僕は加奈子が苦手だった。

昔から自分の意見を言うのが苦手な僕に、この人は遠慮なくきつい言葉を投げかけてくる。

そのたびに笑いながら刺されたような痛みを感じるのだ。

『ごめん、三十分ぐらい遅れるから先やってて』

メッセージを送信して、歩く速度を少し上げた。
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