幸せのクローバー
5.あの頃のまま
照明はやや暗めの落ち着いた雰囲気で、居心地のいい店だった。座敷や大きなテーブルはないので、うるさく騒いでいる客もほとんどいない。
「飲み直さない? 3人で」
「3人? ……弘樹?」
そう聞き返すと、牧原君は嬉しそうに笑って。携帯電話を取り出して、電話をかけていた。話の内容から推測すると、今日のことは前に打ち合わせていたらしい。
「再会した日にさ、仕事終わってすぐ電話した。会わないでどーする、って」
6年ぶりに会った弘樹は、ものすごく大人びていて。もちろん会社は違ったけどウチより大きいところで、残念ながら取引はなかったけど、牧原君と同じく、課長になっていて。
「夕菜が羨ましいよ、課長なんて荷が重すぎる」
「だよなぁ!」
「でもそれって、仕事ができるから昇格したんじゃないの?」
「さぁな。案外、そうでもないよ」
「でも木良おまえ、今度、本社に転勤だとか言ってなかったか?」
「えーすごい! やっぱり仕事出来るんだよ」
3人で会うのは本当に何年ぶりなのに。ずっと離れていた気がまったくしなくて、いろんな話で盛り上がった。
だから、時間が経つのも忘れてしまって。いつの間にか、終電の時間が近付いていて。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「おつかれさま」
牧原君はアメリカから1人で戻って来たらしく、今は会社の近くで一人暮らしをしていた。だから、電車で帰るのは、私と弘樹。
「あー風が気持ちいい!」
自分では大丈夫なつもりだけど、もしかしたら酔っているかもしれない。お酒に弱くはないけど、私にしては飲みすぎた気もしなくはない……。
電車を降りてから、私と弘樹は反対方向に家がある、けど。弘樹は家まで送ってくれると言った。
「ごめんね、こんな時間なのに」
「いや、いいよ。1人で帰るほうが危ない。ほら、ぶつかるよ」
もう少しで電柱にぶつかりそうな私の手を、弘樹は引っ張ってくれた。
その手がすごく大きくて。温かくて。弘樹に手を引かれるのは初めてではないから、ちょっと懐かしくて。
「ありがとう……弘樹、本当に大人になったね」
「そうか? 変わってないよ、何も。高校の頃のまんまだよ」
そのとき、弘樹の手に力が入ったのは、気のせいかな。少し悲しくなったのは、私の勝手かな。
「どうしても、忘れられない」
やっぱり、気のせいじゃなくて。繋がれた弘樹の手の力が、だんだん強くなる。
奈緒を思い出して辛くなったかな。それとも、何度も言われた私のこと、かな。
「なぁ夕菜、明日会えないか?」
「明日? なんで?」
「いや、単純に、会いたいから……。奈緒の墓参りにも、一緒に行きたいし」
「わかった、いいよ。私も、弘樹に見てもらいたいものがあるし……」
楽しみにしてるね、と言いながら、弘樹の手を握り返した。
弘樹のことは、やっぱり好きだから。
恋人じゃない──でも、手を繋ぐくらいは構わない。
「前に手を繋いだのも、おまえを送ってくときだったよな」
「あ──そうだね。奈緒の……お葬式の日」
あのとき弘樹の手は震えてたけど、今は大丈夫。
「明日、家まで迎えに行くから」
「え……うん、ありがとう。待ってるね」
やがて私の家に到着して、中に入るまで弘樹は外で見守っていてくれた。
今日は聞かれなかったけど、明日もし、付き合えないかと聞かれたら──?
こたえは、決まっていた。
「飲み直さない? 3人で」
「3人? ……弘樹?」
そう聞き返すと、牧原君は嬉しそうに笑って。携帯電話を取り出して、電話をかけていた。話の内容から推測すると、今日のことは前に打ち合わせていたらしい。
「再会した日にさ、仕事終わってすぐ電話した。会わないでどーする、って」
6年ぶりに会った弘樹は、ものすごく大人びていて。もちろん会社は違ったけどウチより大きいところで、残念ながら取引はなかったけど、牧原君と同じく、課長になっていて。
「夕菜が羨ましいよ、課長なんて荷が重すぎる」
「だよなぁ!」
「でもそれって、仕事ができるから昇格したんじゃないの?」
「さぁな。案外、そうでもないよ」
「でも木良おまえ、今度、本社に転勤だとか言ってなかったか?」
「えーすごい! やっぱり仕事出来るんだよ」
3人で会うのは本当に何年ぶりなのに。ずっと離れていた気がまったくしなくて、いろんな話で盛り上がった。
だから、時間が経つのも忘れてしまって。いつの間にか、終電の時間が近付いていて。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「おつかれさま」
牧原君はアメリカから1人で戻って来たらしく、今は会社の近くで一人暮らしをしていた。だから、電車で帰るのは、私と弘樹。
「あー風が気持ちいい!」
自分では大丈夫なつもりだけど、もしかしたら酔っているかもしれない。お酒に弱くはないけど、私にしては飲みすぎた気もしなくはない……。
電車を降りてから、私と弘樹は反対方向に家がある、けど。弘樹は家まで送ってくれると言った。
「ごめんね、こんな時間なのに」
「いや、いいよ。1人で帰るほうが危ない。ほら、ぶつかるよ」
もう少しで電柱にぶつかりそうな私の手を、弘樹は引っ張ってくれた。
その手がすごく大きくて。温かくて。弘樹に手を引かれるのは初めてではないから、ちょっと懐かしくて。
「ありがとう……弘樹、本当に大人になったね」
「そうか? 変わってないよ、何も。高校の頃のまんまだよ」
そのとき、弘樹の手に力が入ったのは、気のせいかな。少し悲しくなったのは、私の勝手かな。
「どうしても、忘れられない」
やっぱり、気のせいじゃなくて。繋がれた弘樹の手の力が、だんだん強くなる。
奈緒を思い出して辛くなったかな。それとも、何度も言われた私のこと、かな。
「なぁ夕菜、明日会えないか?」
「明日? なんで?」
「いや、単純に、会いたいから……。奈緒の墓参りにも、一緒に行きたいし」
「わかった、いいよ。私も、弘樹に見てもらいたいものがあるし……」
楽しみにしてるね、と言いながら、弘樹の手を握り返した。
弘樹のことは、やっぱり好きだから。
恋人じゃない──でも、手を繋ぐくらいは構わない。
「前に手を繋いだのも、おまえを送ってくときだったよな」
「あ──そうだね。奈緒の……お葬式の日」
あのとき弘樹の手は震えてたけど、今は大丈夫。
「明日、家まで迎えに行くから」
「え……うん、ありがとう。待ってるね」
やがて私の家に到着して、中に入るまで弘樹は外で見守っていてくれた。
今日は聞かれなかったけど、明日もし、付き合えないかと聞かれたら──?
こたえは、決まっていた。