クールな同期と甘いキス
仕事が終わり、家に帰って夕飯の支度をしていると三雲君が帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま。良い匂い……。夕飯なに?」
ネクタイを緩めながら私の手元を覗き込む。
「肉じゃが。小松菜の胡麻和えと、切り干し大根。今日は和食メニューだよ」
「最高に美味そう。今すぐ着替えてくるから」
そう言って部屋に戻る三雲君を見送って、急いでお皿に盛りつける。戻って来た時には準備が整っていた。
「今お茶を……」
言いかけたところで三雲君に手を引かれた。そのままポスッと腕の中に納まる。
「三雲君、ご飯……」
「その前にストレス軽減させて」
三雲君は私をギュッと抱きしめながら、ハァーと息を吐いた。
なんだかぐったりしている。凄く疲れていそう……。
「大丈夫?」
「あぁ、今日ちょっとトラブルがあって……。飯食べたらまた少し仕事しなきゃ……」
私の肩に頭を乗せて、くぐもった声でそう話す。
大変だな……。
私は三雲君の背中に手を回し、その背中に腕を回し、慰めるように優しくゆっくりと撫でる。
すると三雲君が私の肩を掴んでガバッと離れた。その勢いに少しびっくりしてしまった。
「三雲君?」
「あ……、ごめん」
どこか動揺している三雲君。私に触られたのが嫌だったのだろうか。
「ごめん、触られるの嫌だったよね」
「あ……。いや、そうじゃない。何ていうか……、今まで毎日抱きしめても大して反応がなかったから、白石が腕を回してくれるなんて思わなくて……」
「え……」
あ、そうか。
ハッと気が付いて赤くなる。私的には背中を撫でて慰めたつもりだったけど、体勢的には抱き合ったのと同じだ。
「そ、そうだね。ごめん!」
「いや、謝らなくていい。ちょっと驚いただけだから。さ、飯にしよう」
三雲君に促されて席に着く。
「いただきます」と声をそろえ、食べ始めたが、少し気まずい……。すると三雲君が沈黙を破った。
「そういえば、昼休み悪かったな」
「昼休み?」
「本城のこと」
「あぁ……」
睨まれて逃げるように部署に戻った後はなにも接点なかったから良かったけど、なかなか敵に回したくはないタイプだった。
思いっきり敵意を感じたし……。
「本城に何か言われたか?」
「なにか……」
本城さんの台詞を思い出して、言葉に詰まる。
『白石さんは三雲さんが好きなんですか?』
私が……、三雲君を……?
「白石? 大丈夫か?」
「あ、ううん。大丈夫。特には何も言われてないから気にしないで」
「それならいいけど。何かあったら俺に言えよ」
「うん、ありがとう」
笑顔を作ってご飯に集中する。
どうしよう、三雲君の顔が見れない。本城さんの言葉で急に意識してしまった。
私、三雲君の事、好きになっている……。
夕飯を終えると、三雲君は部屋に籠って仕事を始めていた。
私も部屋に戻って布団の上に横になる。
冷静になればなるほど自覚してくる。三雲君を好きになってしまった。
ほんの少し前はただの同期で、少し話す程度だったのに今は違う。三雲君の優しさや気遣いが嬉しいし、なにより一緒に居ると楽しい。
触れられると嬉しいし、ハグされるのも心地いい。もっと触れてほしいし、私も触れたいと思ってしまった。
でも冷静に考えると好きな人と一緒に暮らしているって凄い状況だよね?
今まで意識しなかったことも、急にドキドキしてくる。
「どうしよう……」と呟きながら布団の上を転げた。
そもそも三雲君は私のことどう思っているのだろう。
ストレスを緩和するためにハグが出来る抱き人形的な?
でも最近はハグなんて軽い言い方出来ないくらい、しっかり抱きしめられている気がするけど……。
でも忙しいんだし、やっぱりストレス解消のためにしていることだよね?
それに家に置いてくれているのだって、路頭に迷った猫……、もとい同期を保護してくれた感じなのかな。
それとも実は私を……。いやいや、それはあり得ないな。都合よく解釈しそうになるけど、それで全然違ったら立ち直れない。
「あぁ~、スキルが欲しい~」
恋愛スキル。
私には縁がなかったから、こういう時どうしたらいいかわからない。
思い返せば、誰かをまともに好きになったことすらなかった。つまりは、三雲君は私の初恋になるっていうこと……?
26歳で初恋……。遅すぎる。こうなると10代の子供のように、自分の気持ちに素直になれない気がしてきた。
「これからどうしよう……」
もう意識するなという方が無理だ。
ハグされる時も、これまで以上にドキドキソワソワしてしまうだろう。
顔だって赤くなるし、もし心臓の音が聞こえてしまったら……。不審に思われるよね?
三雲君はただストレス解消でハグしているだけなのに、私がそんな気持ちになっていたら気持ち悪がられるかな?
もう一緒に暮らせないって言われるかもしれない……。同居が解消したとしても、会社で無視されるようになったらどうしよう……。
どんどんと悪いことばかりが浮かんでくる。
私は重いため息をついた。