クールな同期と甘いキス

7.苦しい同期会


翌日は朝から気が重かった。
三雲君にメッセージを送っても既読にならない。忙しいのか、無視されているのか……。たぶん後者のほうだろう。

「どうしよう……」

呟くとさくら先輩が顔を上げた。

「どうしたの? 柚ちゃん」
「先輩……」

さくら先輩に相談しようか……。いや、でもさくら先輩は三雲君に対して良い感情持っていないからな……。
少し迷って首を振った。

「いえ、実は今日久しぶりに同期の忘年会に参加するんです。久々すぎて緊張しちゃって」
「へぇ、珍しいね。大丈夫! 楽しんでおいで」

さくら先輩は優しく微笑む。
私に事情があってあまり飲み会に参加できていないことを知っているから、尚更喜んでくれた。
忘年会自体は楽しみなんだけどな。メッセージが来ていないスマホを見てため息をつく。
三雲君……、来てくれるよね。少し話せるといいけど……。

仕事が終わり、忘年会の会場となる居酒屋へ行く。奥の広い座敷が貸し切りとなっており、数人の同期がすでに集まっていた。
そっと顔をのぞかせると、私に気が付いた同期が笑顔で手を上げてくれる。

「あー、白石さんだ!」
「来るってマジだったんだな。久しぶりー」
「めっちゃ今日レアじゃん。こっち座りなよ」

など口々に笑顔で言っており、少しだけ緊張がほぐれてきた。
同期会なんて久しぶりだから怪訝な顔されるかなと心配していたけど、歓迎してもらえてよかった。ホッとしていると後から次々と同期が集まり、私に気が付くと嬉しそうに声をかけてくれた。

「みんな、揃った? 乾杯できそう?」
「三雲がまだだよ」

店員が持ってきてくれる飲み物を回しながら、周りを確認すると三雲君が来ていなかった。
もしかして来ないつもりかな……。
不安になっていると「あ、三雲だ」と同期が言う。

「悪い、遅くなった」

声がして顔を上げると三雲君が息を切らしてやってきた。

「おせーぞ、三雲」
「悪い。商談が長引いてさ」

そう言って空いていた場所に座る。
座敷に横長いテーブルが一列に並べてあるので、私の位置からだと三雲君とは端と端。席が遠くなってしまった。
この距離だと気軽に話しに行きにくいな……。どこかでタイミングを見つけないと。そう思っていたら幹事の音頭で乾杯をする。
一瞬、奥の三雲君と目があった気がしたけどすぐにそらされてしまった。

「白石さんが同期会に出るなんて珍しいね」
「ね。いつも来ないのかなって話していたんだよ」

前と横に座る同期の松本さんと鈴木さんがニコニコと笑顔で話しかけてきた。

「いつも出られなくてごめんね。来たい気持ちはあったんだけど……」

というと二人は首を振る。

「気にしなくていいよ。お家の事情があるんでしょう? 聞いてるよ。無理しなくていいからさ、今日みたいに来られるときでいいからおいでよ」
「そうそう、楽しみにしているから」

優しく笑ってくれて思わず涙ぐみそうになる。そして、そういえばと思ったので聞いてみた。

「家の事情って、みんなどうして知っているの?」

いつも不参加だったけどその理由は言っていなかったはずだ。でも同期たちは私が家の事情で来られないとわかってくれていた。
よくよく考えれば、どうしてそれを知っていたのだろう。すると松本さんが運ばれてきた唐揚げを頬張りながら教えてくれた。

「三雲が言っていたんだよ。家が複雑らしくて来られない事情があるようだって」
「え……」

三雲君がそんなことを? でも三雲君に家の話をしたのは一緒に住むときだ。
その頃に同期会はやっていないから、私に事情があるなんて知らないはずなんだけど……。

「それっていつ頃?」
「いつだっけ?」
「結構前だよ。入社して少し経ったぐらいだから……、三年前くらいかな」

ねーと言い合う二人。
そんなに前から? 私、その頃は三雲君とあまり話したことなかった。それなのにどうして知っていたんだろう。
三雲君の方をチラッと見ると、他の同期と楽しそうにお酒を飲んでいた。
どこかいいタイミングで話が出来ないだろうか。
そう思っていた時……。

「あれー、先輩方じゃないですかぁ。こんなところでどうしたんですかぁ?」

とキャッキャッした声が聞こえてみんなが一斉に座敷の入口を見る。そこには本城さんと秘書課の女性二人がいた。
どうしてここに!?
唖然としていると、男性社員がわぁ!と盛り上がる。

「本城さんだー!」
「まじすげぇ。え、良かったら一緒に飲みません?」
「秘書課だ―」
「ここどうぞー」

と口々に嬉しそうにする。
すると本城さんはパァァと顔を輝かせた。

「三雲さんだ~。あ、そういえば同期の忘年会するって言っていましたもんね」

本城さんはニコニコしながら三雲君の隣にさりげなく座った。

「びっくりしたー、凄い偶然ですねぇ」

そう言いながら本城さんは当たり前かのようにカクテルを注文する。

「え、偶然なの……?」
「嘘くさくない?」

松本さんと鈴木さんは嫌そうにひそひそと話していた。
うん、どう考えても偶然じゃないだろうな……。この前、食堂で川端君が渡してくれた忘年会の紙、見ていたし……。
日時も確認したうえで、偶然を装って来たのだろう。
三雲君は面倒くさそうな表情だけど、本城さんは嬉しそうだ。

「いいな……」

小さな声で呟いた。
私も本城さんくらい躊躇いなく三雲君の側に行けたらいいのに。ピッタリとくっついている二人を見ているとモヤモヤしてくる。
羨ましい反面、正直、面白くなかった。
他の人と話していても、三雲君と本城さんの様子が気になる。それに本城さんが側にいるから、三雲君と二人で話をするチャンスが見つからない。
どうしようかと思っていると三雲君が立ち上がってトイレへ向かった。私もこっそりと抜け出して後を追う。
あまりこういうことはしたくないけど仕方ないと思いながら、トイレのそばで三雲君が出てくるのを待った。

「わっ、白石!?」

男性トイレから出て来た三雲君が戻ろうとすると、壁際に立つ私に驚く。
さすがにトイレの前で待つのは恥ずかしかったので、少し離れた通路の陰に立っていたから驚かせてしまった。

「三雲君、少しいいかな……?」
「……なに?」

言葉少なく、そっけなく聞かれて胸が痛くなる。
私とあまり話したくないのかな。でも、誤解を解くなら今しかないと思った。

「あのね、三雲君は誤解している。昨日、確かに帰りに川端君と一緒に居たけど、それは別に待ち合わせしたとかじゃないし、偶然一緒になっただけっていうか……」
「偶然? でも白石、凄く嬉しそうだったけど?」
「その嬉しそうっていうのも、どの場面のことかわからないんだけど……。ただ私が買いたい物へのヒントをくれそうだったから、嬉しかったっていうのもあって」

上手く言葉が見つからず、言い訳の様になってしまう。

「それにハグのことだけど……。あれも嫌とかじゃなくて緊張して……」
「白石、無理しなくていいから」

三雲君は話を遮って、私の横を通り過ぎようとする。
あ、ダメ。行ってしまったらまた話すタイミングがなくなってしまう。

「無理じゃないよ! だって私、三雲君のことが……」

そう言いかけた時だった。
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