クールな同期と甘いキス

8.聞かせて


三雲君は逃がさないと言わんばかりに、私の手を握ったまま外を見て黙ってしまった。
私はというと、この状況を理解しようと必死だ。

サラッと同期のみんなの前で一緒に暮らしているって話しちゃったよね? しかも秘書課……、本城さんも居る前で……。
秘密にしようって言っていたのに、言っちゃって良かったのかな? それにさっきの話の続きって、トイレ前で話した時のこと?
えっと……私、どこまで話したんだっけ……。

グルグル考えていると、タックシーはあっという間にマンションの前に着いた。
支払いを済ませた三雲君は私の手を引いてズンズンと歩いて部屋へ行く。玄関に入ると壁に私を追い込んだ。

「三雲君?」

両手を壁について腕の間に私を閉じ込める。少し前に流行ったいわゆる、壁ドンってやつだ。
三雲君が目の前にいて思わず顔をそむけた。
どうしよう、近すぎて顔を見ることができない。

「三雲君……、その……」

何から話したらいいだろう。
言葉を探していると三雲君が先に話し出した。

「さっきの話の続き……、聞かせて」

車の中と同じセリフを言う。
違うのはその声が優しく甘い響きを含んでいたことだ。

「つ……続きって?」
「本城が邪魔する前。『だって私、三雲君のことが……』の続きを教えて」

そう言われて自分が言った言葉を思い出す。
そういえばあの時、勢いもあってそんなことを口走った気がする。
『三雲君のことが……』
思い出して赤面した。

「何て言いたかったか教えて」
「えっと……」

ちょっと待って。あの言葉の続きを教えるということは、三雲君に告白することになる。
今、告白するの!? ここで!?
急な展開に心臓がドキドキとうるさい。
いきなり告白するなんて無理だ。心の準備ができていなかった。

「あの、気にしないで。別にたいしたことじゃないから」

慌ててそう言って、三雲君の腕の間から逃れようとするが離してくれない。
むしろ一歩近づいて距離を縮められてしまい、私たちの間にはほとんど隙間がなくなってしまった。

「あの……、三雲君……?」

どうしよう、恥ずかしくて顔があげられない。
下を向いてアワアワしていると、三雲君がそっと頬に触れた。
触れられてピクッと体が震える。

「俺の予想が当たっているなら‘たいしたこと’ではないと思うけど……?」

三雲君の低く、しかしどこか艶を含む声に益々顔が赤くなる。
口から心臓が飛び出そうとはこのことだ。

「白石、俺を見て」
「ごめん、無理」
「いいから見て」

頬に当てられた手に少し力が入り、クイッと優しく三雲君の方に向ける。
赤い顔でそっと見上げると三雲君は微笑んでいた。

「俺の予想通りでいい?」
「予想……?」
「あぁ。白石、あの時『三雲君のことが好き』って言おうとしたんじゃないのか?」
「っ……」

まさにその通り。図星で言葉に詰まる。
顔を赤くして狼狽える私に、三雲君は自分の予想が当たったと確信したようだった。

「正解?」

壁に手をついていた三雲君はさらに距離を縮めて、ついには私とピッタリ密着した。

「正解ならそう言って。でないと堂々と白石を抱きしめられない」

耳元で囁かれて、もう限界だった。
このままでは心臓が持たない。ドキドキし過ぎて、立っているのもやっとだった。

「正解……」

そう呟くと、三雲君は私の体に腕を回してギュッと抱きしめた。強く、しかし優しく包み込むように。
今までのハグなんかじゃなく、気持ちが込められていると感じた。

「こうして抱きしめられるのは嫌じゃない?」

そう聞かれて小さく頷く。

「緊張するけど嫌じゃない。むしろ……」
「むしろ、何?」

低い声が耳をくすぐる。
三雲君に溶けてしまいそうだった。いや、もう溶けてしまいたい。

「好き……んっ」

呟いた瞬間、三雲君が私の顔を上に向かせて唇をふさいだ。
抱きしめられたままキスをされて、抵抗ができない。
でも気持ちよくて心地よくて、初めてのキスなのにもっととねだりたくなるくらい。

「ん……あ……」

味わうように何度も深くキスを繰り返されて、もう足が限界だった。心も体もふにゃふにゃにされてしまう。
カクンと足の力が抜けると、「おっと」と三雲君が瞬時に支えてくれた。

「大丈夫か? ごめん、我慢できなかった」
「どうして……」

呼吸を整えながら、混乱する頭を整理しようと必死になる。
私、今三雲君とキスしてた……。我慢できなかったって、なんで……。
私が混乱しているのが分かったのだろう。三雲君は私を抱きしめながら、落ち着かせるように私の背中を撫でた。

「白石が好きだ。白石が可愛くてついタカが外れた」
「え……」

目を丸くして見上げると、照れくさそうに笑う三雲君がいた。
好きって言った? 三雲君が私を好き?

「信じられないって顔だな」
「だって……」

もとからそんなに交流はなかった。
仕事で話す程度だったから、三雲君が私を好きだったなんて思いもしなかった。
こうして話せるようになったのだって、一緒に同居する様になってからだし……。だから私を好きだなんて思いもしなかった。
三雲君は私を見つめて真剣な表情になる。

「ずっと好きだった。他の誰にも触らせたくない」

そう言うと再び私を抱きしめる。
何度も抱きしめられたことのある腕の中。でも今はどこか緊張している様子がある。
わかる。私がどう言うか、答えへ不安があるんだ。私はゆっくりとその背中に腕を回した。

「わ、私も三雲君が好き」
「白石……」

三雲君がホッとするのが伝わった。

「営業のエースも緊張するの?」
「エース、関係なくない?」

ふふっと笑いあうと三雲君が私を抱き上げた。

「えっ、三雲君!?」
「とりあえず、連れ込んでもいいかな?」

そう言いながら返事を待たずに、器用に私の靴を脱ぐと三雲君は部屋に直行する。部屋に入るとゆっくり優しくベッドに置かれた。
これって、つまり……。

「嫌なら拒否していいから」

のしかかってくる三雲君を見上げて、小さく首を横に振った。
ドキドキしすぎて心臓が飛び出そうになっているけれど、拒否する理由なんて何一つなかった。だって私自身、驚くほどに三雲君に触れていたくてたまらない。もっと三雲君に触ってほしい。

「嫌なわけない……」

それ以上の言葉は唇をふさがれて何も言えなかった。
好きな人から愛されるってこんなにも心が満たされる気持ちになるんだ。今までそんなことも知らなかった。
唇を何度も合わせ、舌を絡ませる。自分でも驚くほど甘い声が出て恥ずかしかったが、そのたびに三雲君が嬉しそうに笑った。
三雲君の肌が心地よくて、包まれているようなその感覚に安心する。汗ばむ肌すら、溶け合うような感覚に陥る。
怖さもあったけど、優しく触れてくれる三雲君にすべてをゆだねる。いつの間にか緊張なんてなくなって、自然と彼を体が受け入れていた。

「柚月……、やっと掴まえた」

荒い息の合間に名前を呼ばれ、胸の奥が温かくなる。
ふふっと笑顔とともに涙がこぼれた。

「痛い?」
「ううん、嬉しくて……」

好きな人に名前を呼ばれるとこんなにも嬉しいのか……。
人に大事にされるって幸せな気分になる。こんな感覚、初めて知った。
その相手が三雲君でよかった。


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