クールな同期と甘いキス
週明け、会社に行くと周囲から視線を感じていた。
なんだろう、この感じは……。私を見るとヒソヒソと話をされて少し気まずい。
やっとの思いで自分のデスクに着いたときは大きなため息が出た。
「柚ちゃん、大丈夫?」
「さくら先輩……。はい。なんか視線を感じて……」
そういうと、さくら先輩は椅子をコロコロと動かして私のそばまで来た。
「噂が広まっているよ」
「噂?」
「柚ちゃんが三雲を寝取ったって」
「寝取る!?」
思わず声が大きくなって、さくら先輩は慌てて「しーっ」と私の口を塞ぐ。
「声が大きい。私も今朝来たら同期から聞かれたのよ。柚ちゃんが秘書課の本条から三雲を寝取ったって噂があるけど本当かって」
「え、なにそれ……」
「私も驚いて言葉が出なかったわ。でもちゃんと否定したわよ。柚ちゃんはそんな子じゃないって」
「ありがとうございます」
さくら先輩にお礼を言いつつ、頭は混乱していた。
本条さんから寝取ったってどういうこと? そもそも三雲君は本条さんとは付き合っていないはず……。寝取るも何もない。
「それと……、柚ちゃん借金しているって本当?」
「え……?」
「これも同期から聞かれたんだけど……。「男遊びして借金がある」「三雲は利用されている」って話もあるって……」
さくら先輩はどこか言いにくそうに言った。
借金があるのは本当だけど、男遊びって……。したことないし、むしろどうやってしたらいいか聞きたいくらいよ。
どうしてそんな話に!?
「親の借金があるのは事実ですけど、男遊びなんてしたことないです。その噂、いったいどこから?」
さくら先輩に聞くと首を振る。
「同期も部署の後輩からメールが回ってきて知ったって言ってた。柚ちゃんは私が可愛がっている後輩だって知っていたから、心配して教えてくれたみたい」
「そうだったんですか……」
さくら先輩に聞いても何もわからなそうだ。
でも、噂の出どころは見当がつく。間違いなく本条さんからだろうな。同期会の時の私たちの様子から、悔しくてこうした噂をまいたんだろう。
あぁ、もうどうしよう……。
すると昼休み、三雲君からメッセージが届いた。
『昼飯、一緒に食堂で食べないか?』
その内容に少し躊躇する。
三雲君は噂のこと聞いたのかな? 食堂だなんて周りの目が多すぎる。
どうしようかと思っていると、さらにメッセージが届いた。
『堂々としていれば大丈夫』
「三雲君……」
噂のこと知っているんだろう。そして、私がこのメッセージに戸惑ったことにも気が付いている。
でもさすがにそうはいっても気まずいよね……。
『ごめん、今日は電話当番だからデスクで食べるね』
そう返すと短く『わかった』とだけ返ってきた。
家に帰ると三雲君はまだ帰っていなかった。
幸せな気分から一転、気持ちが重い。
借金は本当だとしても、あんな根も葉もない噂を立てられてしんどかった。
三雲君がただでさえ有名な分、白石って誰という好奇な目で見られるし、わざわざ総務まで立ち寄る人もいた。
はぁぁとため息が出る。
今日の夕飯はあまり作る気になれず、お総菜を買ってきてしまった。お皿に盛り付けをしていると三雲君が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
玄関からそのままリビングへ来ると、キッチンで支度している私を覗き込む。
気遣うような目線だ。そしてそっと肩を抱き寄せる。
「噂のこと聞いた。ごめんな、俺のせいで」
「三雲君のせいじゃないよ」
三雲君は何も悪くない。
「噂の出どころは間違いなく本城だろう。この件は俺が何とかするから、もう少し我慢してくれるか?」
「私は大丈夫だけど……、何とかって?」
「そこはまぁいろいろと」
三雲君は考えるような顔つきで答える。
お昼まで断っちゃったし、心配かけちゃったよね。
私は顔を上げて、にこっと微笑んだ。
「私は大丈夫だから、三雲君も無理はしないで。どうせ年明けたらみんな忘れているよ」
もうすぐクリスマス。それが過ぎればあっという間に年末の休みに入る。
年末年始の長い休暇で、みんなこんな噂なんて忘れてしまうだろう。
三雲君も「あぁ」と頷いた。