クールな同期と甘いキス
それは、白石柚月のちょっとした身の上話。
私は小さい頃に両親が離婚しており、それからは父一人子一人でボロいながらも小さな一軒家に住んでいた。
優しくておおらかな父親は子煩悩ではあったけれどどこか楽天的な性格で、事業を始めては潰すを繰り返していた。
気がつけばいつの間にか出来ていた借金。
アルバイトを掛け持ちしながらなんとか大学を出た私は、会社で働いた給料をほとんど生活費と借金返済に使っていた。
生活は大変だったけれど、でも別に苦ではなかった。
しかし、今日仕事から帰った私の目に飛び込んできたのは、借金取りに売られた家と父からの「これでなんとかなるから! また連絡する!」の楽観的なメモ書き。
結局、借金は残りわずかになったけれどお陰で住む家をなくした。
とりあえず可能な限りの荷物を持って出てきたはいいが、あの家に住むことはもう出来なくなった。もちろん貯金なんてあるはずもなく、さらには泊まる当てもなく、あの公園で困っていたところだったのだ。
ザックリと説明をすると全て聞き終わった三雲君は持っていたコップを置いて、「全く笑えねぇ……」と呟いた。
暗くならないように明るく話したつもりだったんだけど、まぁ笑える話ではなかったよね。
「へへへ」と愛想笑いを浮かべていると、三雲君はチラッと横目でこちらを見てきた。
ただ見られただけなのにドキッとするほど色気がある。会社の女の子達が騒ぐのもわかる気がした。
「で、これからどうするつもりなんだ」
「……どうしようかな」
「頼れる友達は?」
「……友達、あまり居なくて。ハハハ」
あまり、もなにもこういう時に頼れる人が誰もいないという……ね……。
学生時代からアルバイトばかりしていたから友達を作る暇もなかったのだ。
まぁ、そこまでは言わないけれど……。
私の乾いた笑いに何故か目の前の三雲君が頭を抱えた。
「とりあえず、漫画喫茶とか行こうかなって」
「金ないんだろ?」
「数日くらいはなんとかなるよ。それくらいの貯金くらいはある」
そう、本当に微々たる貯金だけど全くないというわけではない。なんとかなるだろう。
「生活はどうするんだ」
「給料日が来週だから、それまではなんとかなると思う」
……なるかな?
三雲君にはそう言ったものの、給料出たとしても残りの貯金で借りられるアパートなんてあるのだろうか。
頭の中で預金額を思い出すが小学生のお年玉貯金かな? と思ってしまうくらい。
それくらい手元にはない。
情けない……。おかねをほぼ家のことに使っていたから貯金何て後回しにしていた。
借金はあと少しだけど、給料が入ったところで贅沢は出来ないな。できればお金を使いたくないのが本音だ。
そうだ。上司に事情を説明して、何日か会社で寝泊まりさせてもらえないだろうか。
応接室か休憩室のソファーを使えば寝むれないことはない。会社には無料のウォーターサーバーもあるし……。
あ、でも仕事の時以外で私的に使ったらダメか……。
そんなことをグルグル考えていると三雲君が顔をあげた。
「よし。今日は家に泊まれ」
耳を疑うまさかの提案に目を丸くする。
今なんて言った!? 泊まれって、ここに!?
「えっ! い、いいよ、悪いよ!」
何を言いだしたんだ、この人は。
まさかの言葉に動揺する。さすがに同期とはいえ、男性の家に泊まるのは気が引けた。
しかし三雲君はこちらの反応などお構いなしにキッパリとした口調で言った。
「いいから。こんな話を聞いて放りだせねぇよ」
「別にそんなつもりで話した訳じゃないし……」
「わかってる。でもこんな時間にそんな大荷物抱えた女を外に出せない。お前に何かあったらそれこそ後味悪すぎるだろ」
それはそうかもしれないけれど……。
「でも……」
「でも、何?」
三雲君は目を細めて私を睨んできて、その迫力についビクッと肩をすくめた。
イケメンが睨むと怖い。
グダグダ言うなとでも言いたいのだろう。
言葉には出さずに唇を噛んで思案する。男性の家に泊まるのは抵抗あるが、でも本音を言えばこの申し出はとてもありがたいものだった。
時刻は22時。明日も仕事がある。
正直、身も心も疲れていたからもう少しも歩きたくはなかった。休みたかった。
だから彼の提案は凄く嬉しい。
でも本当にそれでいいのだろうか?
一応、これでも良い歳をした男女だ。そんな簡単に異性の家に泊まっても良いものなのだろうか?
「言っておくけど、何かしたりなんてないから心配しなくて大丈夫」
「し、心配なんて……!」
軽いため息とともに苦笑され、慌てて首を振る。
心を読まれた!?
変なことを考えていると思われたようで恥ずかしくなる。
そうだよ柚月。何を勘違いしているの? あの三雲君だよ? 我が社のエースでモテまくりの三雲君。
その彼が私なんかを相手にするわけがない。
こんな地味で美人でもない女なんかより、言い寄ってくる人の方がみんな素敵な女性ばかりだ。
女性に不自由しなさそうな人が、あえて私に何かするとは思えない。
そこまで女性に飢えてはいないだろう。
……ということは、本当に親切心で言っているのかもしれない。
哀れな同期に同情しているだけ。
人として、真っ当に手を貸してくれているだけ……。うん、そう思うと納得できる。
一晩……。正確には朝までだから残り数時間程度。
「遠慮はいらない」
部屋の隅で寝かせてもらうだけ。
だとすると、答えはひとつ。
「よろしくお願いします!」
ここは素直に泊まらせてもらうことにした。