クールな同期と甘いキス

3.同期の温もり


全ては貧乏なのが悪い。
ラップでお握りを握りながら、朝から自然とため息が出てしまう。
貧乏で借金さえなければこんなことにはならなかったのに。

一晩たって冷静になると、本当にこれで良かったのだろうかという思いが駆け巡った。
ハグなんて全然平気という人もいるだろうけど、異性と手を繋ぐことすらしたことがない私にはなかなかハードルが高い。
そもそもハグが条件って……、なにそれ。

でも人は追い込まれた環境にいると、変な条件でも現状の苦しさに比べるとまだ良い方かもと思ってしまうようだ。
しかし、条件を抜きにするとここは天国かと思うくらい今の私にはありがたい環境だった。
食費は自分持ちとは言われたけれど、今ここにあるものは自由に使っていいとのことで、厚かましくも遠慮なくお米を炊いてお弁当用にお握りを作った。
節約しながらもきちんと食事が取れることはなんて素晴らしいのだろう。
じーんと感動しながら、昨日の三雲君を思い出す。

『このことは二人の秘密だからな』

そう念押しされるが、当然こんなこと誰かに言えたものではない。
会社で地味女の私が三雲君と一緒に住んでハグしているなんて知れたら、ちょっとした騒ぎになってしまうだろう。
それだけは避けたい。絶対に避けたい。
同居のこともハグのことも誰にも知られてはいけないことなのだ。口が裂けても黙っていよう。
そう心に決めていると、ガチャとリビングの扉が開いた。

「おはよう」

大きな欠伸をしながら、黒のトレーナーに身を包んだ寝起き姿の三雲君が入ってくる。

「お、おはよう……」

掠れ声と寝起きの色っぽさにドキマギしながらも横目でチラッと観察する。
眠そうな顔に少し寝癖がついたボサボサな髪。それなのにそんな姿もスナップ写真の一部の様になっているのだから、羨ましいを通り越してなんだか悔しい。

リビングのソファーではなく、カウンターキッチンの横に付けてある小さなテーブル席に座って伸びをしている。
キッチンにいるからついでにと、コーヒーを入れて目の前に置くと「あぁ、ありがと」と低い声でお礼を言われた。
昨日の今日だからさすがに側に寄るだけでもハグされるかもと多少警戒してしまうが、三雲君は席から動かず出されたコーヒーを飲んでいる。
さすがに朝からはないようだとホッとした。

「あの……私、もう出るね」
「もう? 早いな」
「一緒に出るわけにはいかないでしょう?」
「そう?」
「そうだよ!」

「ふぅん」と言いながら新聞を読み始める。
ふぅん、って……。
さほど気にしている様子が見られないのは何故? そもそも秘密って言っていたのはどこの誰?

会社ではほとんど接点がないわけだし大丈夫だろうけれど、うっかり誰かに知られたら大変なことになると思う。
というか、私が大変なことになるのだろうから。
そこら辺はわかっているのかな?

疑問に思いつつも昨日預かった合鍵を使い、まだ寝ぼけ眼の三雲君を置いて部屋に鍵をかけた。
仕事をしているときは集中しているし、三雲君と会うこともほとんどないのだけれど、定時が近づくとなんともソワソワした気持ちになる。
1日一回はどこかでハグをされる。それは朝なのか、夜なのか……。
それを考えるだけでも落ち着かなくなる。
お陰で今日は何度もさくら先輩に大丈夫かと聞かれてしまった。

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