エリート外交官は契約妻への一途すぎる愛を諦めない~きみは俺だけのもの~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
9.危機一髪
突きつけられたのがなんであるか最初わからなかった。相手は近くの座席にいた中年の女性だったし、「チャオ」と、さも何か尋ね事でもあるかのように声をかけてきたのだ。油断してしまった。気づけばお腹の辺りに銀色に鈍く光るナイフが見えた。
『静かにして』という意味の言葉が耳に届く。
『荷物はその場に。進んで』
スマホはハンドバッグの中だが、置いていかざるを得ないようだ。咄嗟に周囲を見まわしたけれど、すでに博巳さんの姿はなく、ホールを出る人たちは流れを作っていて私に起こっている事件に気づく人はいない。
女にナイフを突きつけられたまま、私はいくつかあるホールの出入り口のうち、ステージに近いドアからホールの外に追い立てられた。このホールのエントランスとは反対側。案の定、細い廊下に人影はない。
『まっすぐ進んで』
先日話しかけてきたのは男だった。今私を脅して連れて行こうとしている女はその仲間だろうか。
もしかしなくてもヴァローリ側の人間だろう。私がメモをリークしたと考えている人物。
実際、私が見た内容はわずかで、捜査に直接役に立ったかもよくわからない。しかし、彼らはそう思っていないのだ。もし彼らが私に報復を考えているなら、命はないだろう。それなら素直に拉致されるわけにもいかない。
『あなたたちの独断? ヴァローリ議員は知っているの?』
小さな声で話しかけると女が抑揚のない声で答える。
『黙れ』