― 伝わりますか ―
「先に伝えよう。秋姫様と橘 右京殿は、明心医師が保護された」

 鋭く研ぎ澄まされた影狼の瞳が伊織を捉え、最も知りたい事柄を簡潔に述べるが、伊織は頷くことすらままならない。が、その沈黙を了承と受け取った影狼は、再び悠仁采へ視線を戻して次の句を待った。

「そなたに頼みたいことがある……」

「命乞いならば、聞けぬ相談だ」

 息つく間もなく返された言葉に、悠仁采はふと笑みを洩らした。

「……その逆だ。わしを斬ってほしい」

「何を……? じじ殿!」

 金縛りから解かれたように、ようやっと二人の許へと走り寄った伊織は、焦燥を表したその(おもて)を悠仁采へと向けた。

「そなたではわしを斬れぬであろう? もちろん自害しても構わぬのだが、わしはこの男に命を渡したいのだ」

 一方の悠仁采は、笑みすら浮かべたその表情で、大それたことを淡々と語った。

「何と……何ということをっ。いえ……死なせませぬっ。じじ殿は妹を救ったお方!」

「その前にそなた達は、わしの命の恩人だ」

 そう言って、何が何でもと喰い下がる伊織の肩に手を置き、悠仁采は哀し気な静かな視線を送った。


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