― 伝わりますか ―
「伊織殿……いや、敏信殿。心から感謝致す。どうかこの戦国の世、生き貫いてくだされ」

 そうして立ち上がり背を向けた先には、静観する影狼の冷静な眼差しがあった。悠仁采の気持ちは晴々としていた。やっと……心からの礼を尽くせるのだから。

「影狼殿……悪いが手柄を、この男に譲ってくだされ」

「それは構わぬ」

「では……介錯(かいしゃく)を頼みまする」

 死体へ赴き、短刀を引き抜く。既に枯れ朽ちた肉体からは、鮮血などほとばしりもしなかった。やがては我が身もこうなるのか──が、悠仁采に未練は有り得ない。暫く佇んで(のち)(きびす)を返して影狼の許へ寄り、背を向けて草叢(くさむら)に座り込んだ。

「じじ殿っ!!」

 少し離れて四つん這いに草を踏む伊織は、最後の声を振り絞った。そしてもう泣き叫ぶこともなかった。誰も悠仁采を止めることなど叶わぬと悟った故であった。

 伊織に微笑みと一瞥を送った悠仁采は、穏やかな気持ちのまま目を閉じる。次第に呼吸も苦しみのない柔らかなものへと変わった。全て初めから何もなかったかのような、無の境地が眼前に広がっていた。

 背後に立った影狼は、変わらず不動のまま悠仁采を見下ろしていた。しかしその『焦点』が短刀を自らの腹に向け構えるや、影狼も自分の忍刀を抜き、頭上へゆっくりと掲げた。そして──。


< 106 / 112 >

この作品をシェア

pagetop