― 伝わりますか ―
「明心医師からの手向(たむ)けの言葉だ──貴殿が弟、右近殿が昔、幼き嫡男を連れて無束院へ参られたことがあったとの(よし)。その子息の名は『左近』と申されたとのこと──」

 ──と、告げたのだ。

 悠仁采は、その言葉に思わず目を見開き、(のち)、「明心め……」と呟いて、にっと笑ってみせた。

 ──右近よ……わしはあのまま橘に居ても、そなたを斬ることはなかったかも知れぬな……──。

 そうして再び目を閉じた。

 ──これでついに……いや、我が行き先は地獄。月葉の許ではない。が、しかし、せめて一時でも……せめて──。

「いざ、去らば」

 悠仁采ははっきりとそう言って、両手に握り締められた短刀を一度腹より遠ざけると、勢いをつけ左脇腹へと埋め込んだ。徐々に右方向へと移動する刃も拳も、血液という液体に(まと)われ、次第に冷たさと温かさを放つ。感じるべき痛みも苦しみも、何処か遠くの方で蠢きながら、悠仁采は目を閉じたまま、たゆたう『紅』を感じていた。

 拡がり続ける深紅の視界──その中心に黒と白の点が現れたかと思うや、球状の白に、長く伸びた黒が巻き付き──人型となった。

 紅の衣を纏った月葉であった──。


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