― 伝わりますか ―
(ふみ)は書けるのか? 書けるのなら筆を持たせたいと思うのだが」

 はにかんだように小首を(かし)げ、彼は優しく尋ねた。山は(おごそ)かに構え、次第に陽は和らいでくる。もうすぐ日暮れである。空には烏が鳴き、それと共に小さく頷いたその者によって沈黙が薄れた。悠仁采は二度ほど手を鳴らし側近を呼ぶ。

 障子の向こうからいそいそとやって来たのは、年十二、三の小姓であった。

 短めの髪を頭上で結い、いやに白い肌を持った一見少女のような顔立ちの(わらわ)である。

 (のち)の魔妖五人衆の一人、瞳炎(どうえん)の父であることは、もちろん彼自身知らざることではあるが、その面持ちといい、その少年は瞳炎を思い出させるところがある。

「文の用意をしてくれ。出来るだけ急ぐように」

 悠仁采はそれだけを言い、小姓は下がっていった。その者はただ外の方を見詰め、静かに身じろぎもせずにいる。

「哀れな……」

 と、聞き取れるかどうかほどの小さな声で彼は呟いた。

 ──哀れだ。

 そして、心の中で呟いてみる。

 悠仁采は思い出していた。時は昨日の酉の刻の頃。狩りから戻ろうとした夕闇の中での出来事だった。


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