― 伝わりますか ―
 その者を見つけたのは、小さく落ち窪んだような谷の(もと)である。泥だらけになって気絶していたのは多分、その崖から落ちた所為だったのだろう。衣は上質の絹であった。所々に刀傷があり、泥と血液で薄汚れてはいたが、その手触りといい、かなりの物であるのは容易に判断出来ることであった。

 それから彼はその者を抱き上げ馬に乗り、自分の屋敷へと帰った。

 女房(女中の事)に傷の手当てと身体を湯で(ぬぐ)わせた後、悠仁采は何度か様子を見に参ったが、ただ静かに息をするだけで、意識を取り戻すのは翌日の午後であった。

 おそらくは、と彼は推し量ってみる。

 いや、推測ではないのだ。多くは断定とも云える。それ故に悠仁采は哀れと思った。

「悠仁采様、硯をお持ち致しましたが……」

 障子の後ろで小姓の困ったような声がして、彼は我に返った。

 どうやら記憶を解している間に、幾度となく声を掛けられたらしい。が、返事がなく不安になったのだろう。

「ん……あ、ああ、すまん。では用意をしてくれ」

 それからしばらくして文を書く支度が整った。


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