― 伝わりますか ―
「さぁ、好きなことを書くが良い。が、言い(はばか)ること、記すことならぬ」

 悠仁采は真剣な表情でそう言った。

 内心その者がこうなった理由を聞きたくもあったが、自ら断定まで出来ることを今更耳に入れても哀れと感じるだけだと思ったのだ。

「……」

 即時には筆も取らず、憂いを装って悠仁采だけを見詰めていた。

「どうした? 書かぬのか」

 沈黙に耐えきれなくなったように、もしくは視線に照れるかのように、その者から目を逸らす。静寂は嫌いな方ではなかった。しかし二人以上の黙室は耐え難いものがある。

 その者は気付かれぬように小さく溜息を零して、筆に手を伸ばした。

 しばし考えでもするように宙を仰ぎ、それからゆっくりと墨を含んだ。刹那に染まる黒。暗黒の闇。まるで彼らの未来を呪うかのように……それとも?

「……月葉(つきは)……と申すのか?」

 女性らしい繊細な形を持ったその二文字は、十分と言って良いほど整っていた。

 悠仁采はそれをすぐさま、その者の名だと悟った。が、それと共に顔色を変えた。

 何となれば、その名は偽りであったからだ。彼女がこういう状況に陥った原因を正確に把握するには、月葉という名は余りに不向きである。


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