― 伝わりますか ―
他人(ひと)を巻き添えにする気はない」

 影狼は普段の影狼に戻り、再び(じょう)を表にしない口調で答えた。

「……始めよう……」

 しゃがれた低い声だった。

 今までの疲労がいっぺんに全身を麻痺させ、顔は俯き、目は据わっている。

 小さな光が影狼の周りを飛び交う。それは蛍のようで涙のようで、二人の間の緊張感を吸い込んでしまったかのように少しずつ下降していった。

 そして、草の上に落ち──。

「──つうっ」

 涼雨の頬に一筋の炎が走る。

 影狼はその横を通り過ぎた(のち)、すぐ目前の木に飛び上がった。背面から跳び、涼雨と刀でぶつかり、再び後ろへ跳ぶ。

「ずるい人ですね……そう急がなくてもいいでしょう」

 涼雨は頬の傷を(ぬぐ)いながら、厳しい視線を落とした。

 今一度月を隠した闇の中での闘いは、刀の重なる音と、その火花で判断するしかない。

 白い炎が散った時、二人の様子が明確になった。

「うぐっ……!」

 いつの間にか、彼は蜘蛛の糸のような物で身体中を巻かれていた。

 ──糸疣網縛(しゆうもうばく)

 掛かったのは涼雨ではなく、術者たる影狼であった。


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