― 伝わりますか ―
「おじじ様! ……おじじ様……」

 彼女には彼の悪夢を解することは出来なかった。徐々に蒼みを帯びる肌は救いを求めてはいるが、同時に解放をも願っている。

「朱里殿──」

 戸口で呆然と立ち尽くした伊織もまた、秋同様次の句を失いつつあった。

 そして──風。

 その時何処からか舞い降りた薫風(くんぷう)が、悠仁采の濡れた髪を掻き上げ、己を覚醒させたことに二人は気付いたであろうか。

 緩やかに開く視界が、昨日と同じであったことに知らず安堵感を催している。──死にたかったのに……? いや、死は月葉の元へと旅立つための一段階に過ぎない。

「おじじ様、大丈夫ですか? 酷い汗です」

 そしてもう一人、ほっと息をついた秋は駆け寄ると、悠仁采の布団へしがみつき、潤んだ瞳を彼へと向けていた。

 悠仁采の肉体と精神は、既にいつ崩壊しても不思議でないほどの傷を受けている。が、昨晩も今も生と死の狭間を彷徨(さまよ)いながら、結局は秋と伊織のために引き返すこととなってしまった。

 ──月葉よ。そなたはわしに会いとうはないのか……。それともわしには未だ、やらなければならない使命でもあるのか──。

 安堵のためか泣き崩れた秋の美しく艶やかな黒髪を、皺の刻まれた細い手で、いつの間にか撫でてやりながら、悠仁采はそう呟いていた──。


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