― 伝わりますか ―
「葉隠……紅焔帖(ぐえんじょう)!」

 唸るような轟音と共に、影狼の背後から火柱が立った。それは少しずつ広がり、まるで軟体動物の触手のようにずるずると(うごめ)き、糸を溶かす。

 樹木に火が移る寸前、糸は全て切れ、火は収まった。

「……お見事と言いたいところだが、もう遅いようだ」

 無口な涼雨がこれだけ良く話すのは、自分が有利な所為なのだろう。

 “遅い”という言葉に振り返った影狼の気付いたことは、此処がもう既に無束院の敷地内だということだった。

 遠く寝処(しんじょ)の中で音がすることから推察するに、どうやら先程の紅焔の音で気付いたようだ。

 影狼は逃れようとしたが時遅く、いつの間にか下忍に囲まれていた。

 ──白縫……白縫……。

 影狼は心の声で白縫を呼んだ。暎己が此処で手当てされているとすれば、多少の怪我を負った白縫も同様、治療を受けていることだろう。

 ──白縫──。

 ──影狼なのか? 外に居るのは影狼か?

 白縫より返事があった。風が院の戸を(ひし)めかせ、精神統一を妨げるが、敵の中での緊張感が神経をいつになく高揚させ、お陰で幽かに白縫の声も聞こえていた。


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