― 伝わりますか ―
 ──白縫……此処は戦場になる。みんなを連れて逃げてくれ。出来るだけ食い止めるから……暎己は無事か?

 ──ああ、頭領が秘薬というのを呑ませ、ぐっすり眠っている。──……おい、待てよ? (こずえ)っていう娘が今、井戸に水を取り替えに……!

「影……柊乃祐(しゅうのすけ)様……?」

 ──刹那。

 背後で、蒼白な声と何かが落ちる音がした。

 ──梢。

「一体、どうして……?」

 影狼はいつの間にか両腕を敵に拘束されていた。

「柊乃祐様、なの? 柊乃祐様!」

 掴まれ振り向くことの出来ない影狼に、梢は叫び続けた。流れる水。足が濡れてしまったのも気付かない。

「悲劇の対面とでも言うのかな。あなたがこの院の者であったとは。一対一で闘う約束であったが、もう夜が明けまする。……そういう訳にもいかなくなったようだ」

 涼雨が横目で梢を睨みつけた。今まで叫んでいた口をぐっと噛みしめ、梢は身をすくめる。それだけ涼雨の表情が真剣であったから、そして──

 ──これから、柊乃祐が殺されるのが目に見えていたから。

「影狼……覚悟!」

 涼雨はいったん刀を月光に(かざ)した(のち)、構え直し、影狼に向けて走り出した。

「やめてぇぇっ!」

 背後の叫びに影狼は眼を閉じる。鋭く光る(やいば)と走る足音と、暗黒だけが広がっていった。寝処より皆が出てくる音、断末魔の叫び、空気の圧力、それがいっぺんに──。


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