― 伝わりますか ―
「私がこの生活を始めて久しくなります。幼少の頃より文武を叩き込まれて参りましたが、目を盗み館を抜け出しては山の声を聴き、山に溶け込むことを好みました。ですから……こうなりましたのも自然の成り行きのように思われてならないのです」

 背と腕を拭い終えた右京は立ち上がると、桶の元へ腰を下ろし、ゆすいだ布を悠仁采に渡して、胸元を拭うようにと促した。

 月葉と出逢うまでの自分を想い出してみる。未だ少年の時代、父から勘当され、あの館へと落ち着くまでは苦難の日々であった。が、それも共に追放された家来がいてこそ成せた業だ。……しかし右京は──。この青年は独りで生きてきたのであろうか? そして独りで生きていくのだろうか?

「おじじ様はご自分のお身体だけをお考えください。何もお気になさらずに……私のことも、姫のことも──」

 首筋を拭う右手を止め、右京を見た。口元には笑みを(たた)えていたが、悠仁采とかち合った瞳は哀しみに満たされていた。しかし其処に苦しみはなかった。

 全てを受け入れた『心』という液体の、注がれた一つの『()れ物』。

 それが悠仁采を、見詰めていた。



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