― 伝わりますか ―
 ──兄様……一体何を……?

 秋は織田家の中で最も信近を嫌っていた。本来なら水沢から出向くべきご機嫌伺いにと、二人の館へ参っては、彼女の全身を舐めるように見回すその瞳は淫靡(いんび)そのものだった。

 そんな信近を秋同様避けてきた筈の伊織が何故?

 ──とにかく、兄様に確かめなくては……。

 馬と人の気配が消え、とぼとぼと小道を戻る秋の胸は、息苦しさを感じるほど穏やかさを失っていた。

 ──兄様は館に戻られた後、こちらへいらっしゃる筈。まずはそれまでにこの動揺を治めないと……おじじ様に要らぬ心配を掛けないように……。

「秋姫」

 けれどそれは激しさを増すばかりであった。秋は胸元に抱いた弟切をぎゅっと握って歩みを止めた。目の前の木立から現れたのは、信近その人であったからだ。

「信近様……」

 弟切を握る掌が、心の臓の鼓動を感じて震えた。どちらも速さを増していく。


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