― 伝わりますか ―
「このような森の奥深く……姫様独りでは無用心というもの……女房どもはどうなされた」

 信近はそう言って秋の元へと寄ったが、同じだけ秋も数歩下がる。遠くで馬の土を蹴る音が聞こえた。秋に気取られぬため、馬を置いて回り道をしたのか。

「……姫、何を怖れているのです。この信近、姫が為ならば、何処(いずこ)でもお役に立ちますぞ」

 信近の態度はいつになく強引であった。が、秋も譲らない。

「いえ……此処は幼少より親しき山。時には一人で花も摘みましょう。ご心配には及びませぬ」

 と会釈をし、(きびす)を返して立ち去ろうとした。なにぶん既に小屋が近い。織田に二人の存在を知られては困るのだ。しかし背を向けた秋の細い腕を掴み、自分へと引き寄せた信近の口からは、信じ難い言葉が飛び出した。

「では……本日からは私がお供を致しましょう。三日後には、晴れて夫婦(めおと)となるのですから」

 近くでちらちらと光る信近の舌は、獲物を捕らえた獣の牙であった。秋が振り払おうにも緩まない腕。摘んだ弟切がはらはらと散って、信近は気付かず落ちた枝を踏んでいた。


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