― 伝わりますか ―
「……あ……」

 目の前が真っ白になった。

「柊乃祐様……」

 刺されたのは梢だった。

「何故──」

 蒼ざめた涼雨は思い切って刀を引き抜く。腹部を押さえた梢を、下忍の手を振り払った影狼は抱き締め、地面へと降ろした。

「柊乃祐……様なのでしょ? 泣かないで……ください。あたしは──」

 梢の頬に幾筋かの涙が零れてゆく。歪んだ微笑み、影狼はただただ唇を噛み締め、無造作に口元を隠す布きれを()ぎ取った。

「どうして、こんな、梢さん──」

 途切れ途切れの言葉。柊乃祐の涙が、血で染められた梢の手に落ちた。

「だって……柊乃祐様の、死ぬところなんて……見たくなかった」

 ──好きだった……柊乃祐様の笑ったお顔。だから泣かないで……。

 声にならない声、音にならない音、ただ響くのは、乱れ打つ鼓動。

「……影狼殿……すまない」

 柊乃祐に戻っていた影狼は、再び鋭利な表情になり、涼雨に冷たい視線を投げた。

「本当にそう思うのか? あんたなら、梢さんが飛び出してくるのも分かった筈だ。どうして、梢さんを刺した」

 梢は影狼の胸の中で、荒い息遣いのまま瞳を閉じている。院の皆も逃げはせずに、遠く後ろで愕然として、そちらを見詰めていた。

 下忍達は涼雨の合図で退却し、涼雨は、

「どうと考えてもよろしい……ただ、刺すつもりはなかった」

 と言って、闇夜に消えていった。

 これが涼雨の善意なのだろう。去り際の彼の表情は優しさを帯び、同情にも似た静かな憂いを(たた)えていた。


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