ふたりの時間を戻して ―幼なじみの恋―
 結ばれ、想いを確認し合ってから十日ほどが経った。

「お疲れ様でーす!」

 スタッフの中には子育て真っ最中のお母さんもいる。店はそういう子育て中のスタッフのスケジュールを優先させていた。

 結果、紗希は昼を過ぎてから閉店まで詰めることが多い。

 ランチタイムの繁忙時間が終わり、みなが一息ついていた頃合い、紗希が出勤してきた。元気いっぱいの挨拶にスタッフたちが顔を向ける。笑顔で紗希を迎えたが、すぐに顔を曇らせた。

「どうしたんですか?」
「それがね、美奈子(みなこ)ちゃんが最近ヘンな人がくるって言うものだから」
「ヘンな人?」

 美奈子という名の四十ぐらいの女が、気持ちの悪そうな顔をして頷く。

「マスクにサングラス、野球帽の男の人」

 それを聞いて紗希は「あっ」とこぼした。

「知ってる。何回か見た。でも取り立ててヘンな感じはしなかったですけど」
「そう? 夜でも薄めとはいえサングラスよ? それに店内を見回すのも、商品じゃない感じがしてさ」
「商品じゃなかったらなにを見てるって思うんです?」

 紗希は「サングラスをしているんだし、どこを見てるのかわからないんじゃ?」という質問は言わずにおいた。

「そうなんだけど……でもきょろきょろしてるのよ? 誰かを捜してるみたいに。狭い店内で、商品見るわけじゃなく」
「…………」

「顔上げてきょろきょろって、ヘンよ」
「うーむ」

「ちょっと気をつけたほうがいいと思うの。私、店長に話しておこうと思って。この店は女の割合が多いし、なにかあってからじゃ遅いでしょ」

 美奈子の言葉におばさん軍団が頷いた。

「物騒な世の中だからねぇ。遅番の時は気をつけないと」

「顔が見えないのが不安よね。美奈子ちゃんの言うとおり、店長に言って、場合によっては警察にも一言連絡しておくほうがいいかもしれないわ。パトロールしてくれるかもしれないし」

「そうね。監視カメラを増やしてもらうのも手かも」

 紗希には大袈裟に思える話だったが、なにも言わずにいた。

 着替えて厨房に隣接しているパック詰め用の部屋に向かう。出来上がった惣菜を量りながら手際よくパック詰めにし、店頭に並べて販売するのが紗希の仕事だ。

 この会社は『飽きないメニュー』をモットーにしていて、終日売られている定番商品以外は、午前中に販売されるものと、夕方から販売されるものが異なっている。昼食に好まれるものと、夕食に好まれるものの違いだ。

 主婦の感覚で作られる手造りの惣菜が売りであり、実際に好評で、バラエティにも富んでいた。

 料理がそれほど得意ではない紗希に調理の仕事が回ってくることはなく、厨房に入ることもめったになかった。

 四時を過ぎて客が増え始めた。

 別のスタッフとペアを組んで客を捌く。紗希がレジを打つ横でもう一人、今日は美奈子だが、彼女が紙に包んでビニール袋に入れる。その際、箸の要り様も尋ねる。

 時間を見て仕事を入れ替わる。気分を変えることによってケアレスミスを防ぐといった具合だ。

 混み始め、少々レジを打つ手が焦り始めた時、隣に立つ美奈子が肘で紗希を突いた。

(? なに?)

 美奈子が目だけ動かして合図を送っている。その視線を追うと、マスクをしてサングラスをかけた野球帽の男が見えた。

(あ……)

 怪しいと言われると、そんなふうに見えないこともない。髪の襟足は短くてさっぱり風だが、着ている服は大きすぎるほどのスエットで、妙にアンバランスだ。

──ヘンよ。

 美奈子の目が語っている。

(確かに、言われてみれば。あの時は早く帰りたくて客どころじゃなかったけど)

 紗希は反射的に時計を見た。五時半だ。時間的にはまだ夕方の感覚だが、外はもうすでに暗い。

 それでも客で賑わっている店内だ。精算しようとレジには列ができている。紗希は早く捌かそうと仕事に集中した。

(あっ)

 マスクの男の順番が回ってきた。とはいえなにか起こるわけでもなく、声をかけられるわけでもない。

 順番が終わった男はごく普通に帰っていった。

(やっぱり、気のせいよね)

 ホッと胸を撫で下ろす。隣の美奈子も同じだったようで、肩が揺れているのが見えた。

 その後、紗希たちは何事もなく店を閉めた。



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