ふたりの時間を戻して ―幼なじみの恋―
「それはできない。前にも言ったけど、私にはつきあってる人がいるの。信吾さんには頼れない」
「紗希ちゃん、でもその彼は仕事が忙しくて大事な時にいないじゃないか。もちろんそれは彼の責任じゃない。だけど君のピンチにいないことは事実だ。僕なら融通が利く。頼れる人に頼らないと、なにかあってからじゃ遅いんだよ」
「でも……」
山下は小さく吐息とつくと、一段優しく微笑んだ。
「なにかあったらここに連絡して。それから今日は家まで送るよ。イヤとは言わせない。そんな青い顔をして一人で帰らせるなんてできないから」
「……う、うん」
確かに不安は大きかった。紗希は山下の好意に甘えることにした。
この後、紗希は山下とともにマンションへ帰ってきた。
しかしながら部屋に続く廊下の途中で足を止める。驚いて手を口にやった。
「紗希ちゃん?」
山下が紗希の顔を覗き込み、続けて彼女の視線を追った。部屋の前に長身の男が立っている。
三人は凍りついたようにその場に立ち尽くした。が、長身の男、圭司がつかつかと紗希の前に歩み寄った。
「何度携帯を鳴らしても取らないから心配できたんだ」
「……あの、圭ちゃん」
「こちらは?」
圭司が顔を山下に向ける。鋭い目つきに紗希も山下も息をのんだ。
「あっ、あのね」
「僕は山下信吾といいます。紗希ちゃんの元夫です」
「夫?」
「えぇ。あなたが紗希ちゃんの話していた恋人ですね? 紗希ちゃん、変な男に追われていたらしく、落ち着くまで喫茶店で休んで、家に送っただけなので誤解のないように。僕はこれで失礼します。じゃ、紗希ちゃん、また」
身を翻して山下は帰っていった。
残された紗希はどうしていいのかわからず混乱していた。元夫と一緒にいて、家にまで。もし圭司がいなかったら──もし圭司がそう考えたらと思うと震えた。
「紗希」
紗希は恐怖に染まった目を圭司に向けた。
「圭ちゃん、山下さんの言ったことは」
「顔色が悪い。とにかく中へ入るのが先だ」
「……うん」
慌てて鍵を取りだして扉を開ける。二人は奥へ進み、座った。
「あの、圭ちゃん、あのねっ」
「待て、慌てるな。俺が聞くことに答えてから話せ」
紗希は顔を強張らせながら素直に頷いた。
「まず、あいつの名前と関係を教えてくれ」
「名前? 名乗ったじゃない」
「お前の口から聞きたい」
鋭く制され、紗希は息を飲んだ。
「山下信吾。離婚した、元夫」
「それで、あいつが言ったことは本当か?」
紗希が頷く。
「変な男ってのは、前に言ってたマスク野郎のことか?」
再び紗希は頷いた。
「そうか」
難しい顔をしている圭司を見ると、紗希は黙り込んで俯いた。
なにをどう説明すべきか迷う。
特に山下のことは言い訳にしかならないような気もする。しかし沈黙は圭司を誤解させたようだった。
「俺じゃなく、あいつに頼ったのか?」
「え? 違うっ。それはない!」
じっと見つめる圭司の目を見つめ返す。それは絶対にない、と。
「圭ちゃん、私、ちゃんと恋人がいるって言ったのよ。頼ってくれたらいいって確かに言われたけど、でも、ちゃんと言ったんだから! 私の恋人は、圭ちゃんだものっ」
「…………」
「恋人は仕事で大事な時にはいないだろう、でもそれは恋人の責任じゃない。自分は時間の融通が利くから、なにかあったら連絡をくれって言われた。でも、でも、そんなことしないっ。あの人とは終わったの。私、ずっと苦しんで、やっと離婚できたんだもん。お願い、信じて。私が好きなのは圭ちゃんだけ。お願い」
「わかってる。信じてるよ。偶然居合わせたってことで、心配して送ってくれたんだな?」
紗希は激しく頷いた。
「二回とも偶然なの。本当に偶然なのよ」
「二回とも?」
「うん」
「…………」
「圭ちゃん?」
不安そうな眼差しを向ける紗希に、圭司は深く息を吐きだした。
「紗希、マスク男が店に来たらメッセージをくれ。帰れる時は迎えに行く。もし無理だったら連絡するから、その時はあいつに頼んで来てもらえ」
「えっ、でも」
「そりゃ、妬くけど、でも紗希の安全には変えられない。わかったか?」
「うん」
強張った紗希の頬を圭司がそっと指で触れた。
「圭ちゃん」
「俺はお前の味方や、なにがあっても。よう聞け、紗希。お前はちょっと思い違いをしてる。元ダンナと俺が鉢合わせして焦ってるみたいやけど、それは違うぞ。マスク野郎の問題は次元がぜんぜん違う。それをよく認識せなあかん。どんな手を使っても、身を守ることが大事なんや」
関西弁で話し始めた圭司に、紗希は彼の真剣な想いを感じた。
「……うん」
「とにかく気をつけろ。なんやったら、しばらく早番に回してもらえ。夜道は危なすぎる」
紗希は目を潤ませた。
「俺はもう二度とお前を離さへん。俺が守る。信じろ」
「うん」
「紗希」
ふと、圭司の口調が優しくなった。
「ん? なに?」
「真面目な話やから、大阪弁やってダメ出しは勘弁してくれよ」
紗希は涙に目を潤ませつつ、笑った。
「わかってるよ。圭ちゃん、大好き」
圭司が紗希を強く抱きしめる。紗希も背中に腕を回してしがみつく。
二人は唇を重ね、想いを伝えあった。
「紗希ちゃん、でもその彼は仕事が忙しくて大事な時にいないじゃないか。もちろんそれは彼の責任じゃない。だけど君のピンチにいないことは事実だ。僕なら融通が利く。頼れる人に頼らないと、なにかあってからじゃ遅いんだよ」
「でも……」
山下は小さく吐息とつくと、一段優しく微笑んだ。
「なにかあったらここに連絡して。それから今日は家まで送るよ。イヤとは言わせない。そんな青い顔をして一人で帰らせるなんてできないから」
「……う、うん」
確かに不安は大きかった。紗希は山下の好意に甘えることにした。
この後、紗希は山下とともにマンションへ帰ってきた。
しかしながら部屋に続く廊下の途中で足を止める。驚いて手を口にやった。
「紗希ちゃん?」
山下が紗希の顔を覗き込み、続けて彼女の視線を追った。部屋の前に長身の男が立っている。
三人は凍りついたようにその場に立ち尽くした。が、長身の男、圭司がつかつかと紗希の前に歩み寄った。
「何度携帯を鳴らしても取らないから心配できたんだ」
「……あの、圭ちゃん」
「こちらは?」
圭司が顔を山下に向ける。鋭い目つきに紗希も山下も息をのんだ。
「あっ、あのね」
「僕は山下信吾といいます。紗希ちゃんの元夫です」
「夫?」
「えぇ。あなたが紗希ちゃんの話していた恋人ですね? 紗希ちゃん、変な男に追われていたらしく、落ち着くまで喫茶店で休んで、家に送っただけなので誤解のないように。僕はこれで失礼します。じゃ、紗希ちゃん、また」
身を翻して山下は帰っていった。
残された紗希はどうしていいのかわからず混乱していた。元夫と一緒にいて、家にまで。もし圭司がいなかったら──もし圭司がそう考えたらと思うと震えた。
「紗希」
紗希は恐怖に染まった目を圭司に向けた。
「圭ちゃん、山下さんの言ったことは」
「顔色が悪い。とにかく中へ入るのが先だ」
「……うん」
慌てて鍵を取りだして扉を開ける。二人は奥へ進み、座った。
「あの、圭ちゃん、あのねっ」
「待て、慌てるな。俺が聞くことに答えてから話せ」
紗希は顔を強張らせながら素直に頷いた。
「まず、あいつの名前と関係を教えてくれ」
「名前? 名乗ったじゃない」
「お前の口から聞きたい」
鋭く制され、紗希は息を飲んだ。
「山下信吾。離婚した、元夫」
「それで、あいつが言ったことは本当か?」
紗希が頷く。
「変な男ってのは、前に言ってたマスク野郎のことか?」
再び紗希は頷いた。
「そうか」
難しい顔をしている圭司を見ると、紗希は黙り込んで俯いた。
なにをどう説明すべきか迷う。
特に山下のことは言い訳にしかならないような気もする。しかし沈黙は圭司を誤解させたようだった。
「俺じゃなく、あいつに頼ったのか?」
「え? 違うっ。それはない!」
じっと見つめる圭司の目を見つめ返す。それは絶対にない、と。
「圭ちゃん、私、ちゃんと恋人がいるって言ったのよ。頼ってくれたらいいって確かに言われたけど、でも、ちゃんと言ったんだから! 私の恋人は、圭ちゃんだものっ」
「…………」
「恋人は仕事で大事な時にはいないだろう、でもそれは恋人の責任じゃない。自分は時間の融通が利くから、なにかあったら連絡をくれって言われた。でも、でも、そんなことしないっ。あの人とは終わったの。私、ずっと苦しんで、やっと離婚できたんだもん。お願い、信じて。私が好きなのは圭ちゃんだけ。お願い」
「わかってる。信じてるよ。偶然居合わせたってことで、心配して送ってくれたんだな?」
紗希は激しく頷いた。
「二回とも偶然なの。本当に偶然なのよ」
「二回とも?」
「うん」
「…………」
「圭ちゃん?」
不安そうな眼差しを向ける紗希に、圭司は深く息を吐きだした。
「紗希、マスク男が店に来たらメッセージをくれ。帰れる時は迎えに行く。もし無理だったら連絡するから、その時はあいつに頼んで来てもらえ」
「えっ、でも」
「そりゃ、妬くけど、でも紗希の安全には変えられない。わかったか?」
「うん」
強張った紗希の頬を圭司がそっと指で触れた。
「圭ちゃん」
「俺はお前の味方や、なにがあっても。よう聞け、紗希。お前はちょっと思い違いをしてる。元ダンナと俺が鉢合わせして焦ってるみたいやけど、それは違うぞ。マスク野郎の問題は次元がぜんぜん違う。それをよく認識せなあかん。どんな手を使っても、身を守ることが大事なんや」
関西弁で話し始めた圭司に、紗希は彼の真剣な想いを感じた。
「……うん」
「とにかく気をつけろ。なんやったら、しばらく早番に回してもらえ。夜道は危なすぎる」
紗希は目を潤ませた。
「俺はもう二度とお前を離さへん。俺が守る。信じろ」
「うん」
「紗希」
ふと、圭司の口調が優しくなった。
「ん? なに?」
「真面目な話やから、大阪弁やってダメ出しは勘弁してくれよ」
紗希は涙に目を潤ませつつ、笑った。
「わかってるよ。圭ちゃん、大好き」
圭司が紗希を強く抱きしめる。紗希も背中に腕を回してしがみつく。
二人は唇を重ね、想いを伝えあった。