ふたりの時間を戻して ―幼なじみの恋―
それからしばらくは小康状態だった。
マスク男は同じような時間に現れたが、つけてくるような、そうでないような、疑うには確信が持てない状態だった。
それとは異なり、山下と顔を合わすことが増えた。
紗希のことが気になるので時間ができれば近くを通るように心がけていると言う。そういう時は軽く食事をするようにもなっていた。
圭司は毎夜欠かさず電話を入れてきた。
あったことを逐一尋ねてくる。何時頃店に来たか、帰りはいたのか。追ってくる雰囲気があるか。合わせて山下と会ったかも聞かれた。
十二月も押し迫り街はクリスマス一色だ。
イブの夜、紗希は早めに切りあげるようにローテーションを組んでいた。
六時に店を出て、銀座で待ち合わせ。
お洒落な店でディナーを取り、クリスマスを過ごす。張り切ってデート用の服を持参していた。
心は弾んでいた。
今日、いつもの時間になってもマスク男が姿を見せなかったのだ。
時計の針が五時五十分を示している。あと十分だ。
(早く、早く)
馳せる心が顔に出ている。すると作業部屋にいた美奈子が店内に入ってきた。
「紗希ちゃん、今日は六時よね? あとは私がするから行っていいよ」
「え? でも」
「だって」
美奈子が一度言葉を切ってニンマリ微笑み、それから奥へと続く扉を開けて叫んだ。
「紗希ちゃん、今夜、クリスマス・デートでしょ? 遅刻はマズいって!」
「えー! ちょっと!」
厨房や作業場からスタッフがわらわら集まってきた。
そもそも暇だったのだ。クリスマスは例年暇だった。チキンなどのパーティ仕様を手配する家庭が多いので、惣菜店を訪れる客が減るのだ。
「楽しんできてね」
「お幸せに~!」
「頑張れ、紗希ちゃん」
「もー! やめてー!」
ドッと笑いが上がるが、みな例外なく祝福してくれている。
紗希は彼女たちの優しさに満面の笑顔で応えた。
「行ってきますっ」
頭を下げて店内をあとにする。ロッカールームに急いだ。
(みんな、ありがとう)
用意した服に着替え、飛びだす。
地下鉄に向かって歩き始めると、紗希は息をのんだ。
マスク男が立っていて、こちらを見ているではないか。
(う、うそ)
コースを変え、歩調を速める。
チラリと見ると、男も歩きだしていた。
(ヤだ、こっちくる)
心臓がドキドキと激しく鼓動を打つ。
体中が緊張で熱くなるが、手は逆に冷たく感じた。額に脂汗が滲んでいる。
(どうしよう。戻って圭ちゃんに連絡して、迎えに来てもらう? でも、そうしたら遅くなる。別ルートで地下鉄に……ヤだ、どこに行けばいいの? どこ、歩けばいい?)
紗希はいつの間にか走るように歩いていた。
何度も振り向き、マスク男の姿を確認するが、やはりついてきている。
(ウソ! ヤだっ、助けて! 圭ちゃん!)
怖くて、苦しくて、涙がこみあげてきた。
(誰か、助けてっ!)
紗希はわけがわからないまま走りだした。どこをどう進んだのかさっぱりわからない。気がつけば地下鉄の階段の下で蹲っていた。
「紗希ちゃん、大丈夫か?」
「……え」
「僕だ。紗希ちゃん、信吾だよ。顔、上げて」
聞き慣れた声、よく知った名前。
紗希は弾かれたように顔をあげ、山下にしがみついた。
「信吾さん! あいつがっ!」
「また追いかけてきたのか?」
激しく何度も首を振る。必死で頷きながら山下にすがった。
「助けて。怖い」
「もう大丈夫だから。紗希ちゃん、そこに駅のベンチがある。あそこまで行こう。立てる?」
通行人が注目するのも気にせず、紗希は山下にしがみつきながら、震える足で立ち上がった。
マスク男は同じような時間に現れたが、つけてくるような、そうでないような、疑うには確信が持てない状態だった。
それとは異なり、山下と顔を合わすことが増えた。
紗希のことが気になるので時間ができれば近くを通るように心がけていると言う。そういう時は軽く食事をするようにもなっていた。
圭司は毎夜欠かさず電話を入れてきた。
あったことを逐一尋ねてくる。何時頃店に来たか、帰りはいたのか。追ってくる雰囲気があるか。合わせて山下と会ったかも聞かれた。
十二月も押し迫り街はクリスマス一色だ。
イブの夜、紗希は早めに切りあげるようにローテーションを組んでいた。
六時に店を出て、銀座で待ち合わせ。
お洒落な店でディナーを取り、クリスマスを過ごす。張り切ってデート用の服を持参していた。
心は弾んでいた。
今日、いつもの時間になってもマスク男が姿を見せなかったのだ。
時計の針が五時五十分を示している。あと十分だ。
(早く、早く)
馳せる心が顔に出ている。すると作業部屋にいた美奈子が店内に入ってきた。
「紗希ちゃん、今日は六時よね? あとは私がするから行っていいよ」
「え? でも」
「だって」
美奈子が一度言葉を切ってニンマリ微笑み、それから奥へと続く扉を開けて叫んだ。
「紗希ちゃん、今夜、クリスマス・デートでしょ? 遅刻はマズいって!」
「えー! ちょっと!」
厨房や作業場からスタッフがわらわら集まってきた。
そもそも暇だったのだ。クリスマスは例年暇だった。チキンなどのパーティ仕様を手配する家庭が多いので、惣菜店を訪れる客が減るのだ。
「楽しんできてね」
「お幸せに~!」
「頑張れ、紗希ちゃん」
「もー! やめてー!」
ドッと笑いが上がるが、みな例外なく祝福してくれている。
紗希は彼女たちの優しさに満面の笑顔で応えた。
「行ってきますっ」
頭を下げて店内をあとにする。ロッカールームに急いだ。
(みんな、ありがとう)
用意した服に着替え、飛びだす。
地下鉄に向かって歩き始めると、紗希は息をのんだ。
マスク男が立っていて、こちらを見ているではないか。
(う、うそ)
コースを変え、歩調を速める。
チラリと見ると、男も歩きだしていた。
(ヤだ、こっちくる)
心臓がドキドキと激しく鼓動を打つ。
体中が緊張で熱くなるが、手は逆に冷たく感じた。額に脂汗が滲んでいる。
(どうしよう。戻って圭ちゃんに連絡して、迎えに来てもらう? でも、そうしたら遅くなる。別ルートで地下鉄に……ヤだ、どこに行けばいいの? どこ、歩けばいい?)
紗希はいつの間にか走るように歩いていた。
何度も振り向き、マスク男の姿を確認するが、やはりついてきている。
(ウソ! ヤだっ、助けて! 圭ちゃん!)
怖くて、苦しくて、涙がこみあげてきた。
(誰か、助けてっ!)
紗希はわけがわからないまま走りだした。どこをどう進んだのかさっぱりわからない。気がつけば地下鉄の階段の下で蹲っていた。
「紗希ちゃん、大丈夫か?」
「……え」
「僕だ。紗希ちゃん、信吾だよ。顔、上げて」
聞き慣れた声、よく知った名前。
紗希は弾かれたように顔をあげ、山下にしがみついた。
「信吾さん! あいつがっ!」
「また追いかけてきたのか?」
激しく何度も首を振る。必死で頷きながら山下にすがった。
「助けて。怖い」
「もう大丈夫だから。紗希ちゃん、そこに駅のベンチがある。あそこまで行こう。立てる?」
通行人が注目するのも気にせず、紗希は山下にしがみつきながら、震える足で立ち上がった。