ふたりの時間を戻して ―幼なじみの恋―
「すぐそこだから、紗希ちゃん」

 促されて歩きだそうとしたが、今度は山下が動こうとはしなかった。

 紗希は山下を見上げ、彼が見ている方向に視線を動かした。

「圭ちゃん!」

 確かに圭司が立っていた。

 だが、そこにいたのは圭司だけではなかった。制服の警官が一人、スーツ姿の男が一人、圭司の横にいたのだ。

「山下さん、申し訳ないけど、あなたも一緒に来てもらえますか?」

 圭司の言葉に山下の顔が強張り、青ざめた。

「あの……」

 山下が口を開きかけたが、私服の男がそれを制してポケットからなにか取りだした。上下に開いて紗希たちに見せる。警視庁という文字が見えた。紗希はこの男が私服警官であることを悟った。

「神田署の者です。詳しい話は署でしましょう。三島さん、もう大丈夫ですよ」
「……もう?」
「えぇ。あなたにつきまとっていたサングラスにマスクの男ですが、我々が確保しましたから」
「本当ですか?」
「えぇ。だから安心してください」

 警察官が優しく声をかける。

 なにがなにやらわからないまま、紗希は圭司に手を取られ引き寄せられた。

 二人の警官は山下に歩み寄り、再度一緒にと促した。

「山下さんには伺いたいことがたくさんありますので、ご同行願います」
「僕は、姿を見たわけじゃ」
「かまいません。とにかく同行を」
「でも……」

 なおも渋る山下に、私服警官が鋭く言った。

「この先にある男子トイレのことで、そう申し上げればご理解いただけますよね?」

 山下はビクリと体を震わせると、青い顔をしたままわずかに首を下げたのだった。


 十分後、三人は警官とともに近くの警察署にいた。

 しかし山下は早々と別室に連れて行かれ、紗希は圭司とともにいた。

 警官が一通りの説明を終えてもよくわからなかった。

 警官の話はこうだった。

 圭司が紗希の店の近くにある交番を訪れ、紗希の置かれている現状を説明した。

 ストーカーと言うには決定的な証拠はない。マスク男はけっして紗希に対し、話しかけないからだ。

 話しかけられない以上、なにかを要求されるわけでも、脅迫されたわけでもない。さらにつけ回すような行動をするが、接触もしない。紗希が一方的に不快感を抱いているだけで、実被害はないのだ。

 しかしながら圭司は山下の行動に注目した。

 聞いた段階では、二回追い回され、二回とも山下と会っている。だから以後、電話で確認する時、山下に会ったかどうかも聞いていた。

 同時に圭司は早い段階で休みを取り、五時ぐらいから店を張って、マスク男がどんな男なのか確認した。

 こっそり携帯で写真も撮っている。そこで気になったのが、身長と服装だった。

 見た瞬間、山下と同じぐらいだと思った。もちろん細かいところまではわからないが、二人が同じくらいの身長だという見当はついた。

 次に大きすぎると思うほど体型に合っていない上下のスエット。スエットはゆったりしている反面、存外体型はわかりやすい。そのスエットが見せるシルエットが妙だった。圭司はマスク男が服の上からスエットを着ていると思った。

 山下と同じぐらいの身長の男が紗希をつけ回し、一定のところで姿を消す。それから間もなく、紗希は山下と顔を合わす。単純に疑うだけならアリかもしれないが、本気で訴えるには、偶然と言われても仕方がないだろう。

 だから圭司は紗希から聞いた限りの情報をすべてカレンダーに書き込んだ。半月で六回あった。最初の二回を加えたら八回だ。

 疑惑が確信に変わったところで交番を訪れた。

 最初はなかなか信用されなかったが、三日前、ようやく調査に乗り出すことが決まったのだ。

 そこでクリスマスを狙った。

 もしマスク男が山下で、紗希を諦めておらず、圭司との関係を不快に思っているなら必ず邪魔するはずだ、と。

 五時頃から店の周辺を私服警官が張り、マスク男が現れるのを待つ。そして現れたところで追跡調査を行う。

 紗希の跡をつけるマスク男のさらにうしろに続き、気づかれないように見張っていた。必ずスエットを脱ぐため、どこかに身をひそめて着替えると踏んでいた。

 マスク男は紗希が追い詰められ、取り乱しかけたところで身を翻した。

 地下鉄のトイレで、二つある個室のうちの一つに入った。私服警官がすかさずもう一つの個室を使用不可にし、トイレ自体も入室禁止する。

 マスク男が個室から出てくるまでの間に、トイレを警官だけにして待ち構えていた。そして現れたのがスーツ姿の山下だったというわけだ。

 説明を受け、被害届を出して二人は警察署をあとにした。

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