ふたりの時間を戻して ―幼なじみの恋―
「お前が相手やったら、どうも、あかんわ」
「ダメ。少しでもマシになりたいなら、イントネーションはムリでも標準語で話して」
紗希は真面目な声音口調でキッパリと言った。あまりに真剣な表情だったため、圭司は驚いて目を丸くし、いかに紗希が苦労したのかを察した。
「わかった。頑張るよ」
「うん、その調子」
紗希の顔にうっすら笑みが戻ってきた。圭司の顔もホッとしたように弛む。
「えっと、なんの話だったっけ?」
圭司の言葉に紗希はふき出した。
「お母さんが圭ちゃんによろしくって言ったって話」
「あ、そうやった、じゃない。そうだった。子どもの頃、俺の名前を出していたって。で、東京に行くなら娘をよろしく頼むって。ずいぶん心配してた」
「……そうね。だけどそれを圭ちゃんに頼むなんて。離婚したばっかりの娘に。困ったもんだわ」
圭司はきまりが悪そうに視線を逸らせ、拗ねたように口を開いた。
「だからやろ?」
「へ?」
「離婚したばかりやから、余計に心配なんやろ? 傷ついてるってわかってるから」
「…………」
「大事な娘がこれ以上傷つかんようにって願ってるんやろうが。親心ちゃうんか? 俺の気持ちは半年前に伝えたはずや。だから、紗希」
紗希はじっと圭司を見つめ、沈黙した。だが、すぐに返事をした。
「圭ちゃん、大阪弁になってるよ」
「あ、あんなぁ! 人が真面目な話をしてるっちゅーのに!」
「わかってるっ」
打つような激しい声に圭司は口を噤んだ。
「わかってるよ、そんなこと! 言わなくたって、わかってる。でも、今、誰かに頼ったら、二度と立ち直れなくなるようで怖いの。お願い、圭ちゃん、言わないで」
「紗希」
紗希の目が潤む。苦しげに吐きだされた言葉。圭司は咄嗟に腕を伸ばし、紗希を抱きしめていた。
「圭ちゃん……」
「俺を頼ったらえぇんと違うんか? なんのために東京勤務を依願したと思とる? お前の傍に……」
紗希は圭司を押し退けて後ずさった。
「紗希」
「そんなの、ヤだ。離婚したばっかりなのに、もう誰かに寄りかかるなんて。あの時も寂しくて、優しくされて……繰り返したくない」
「…………」
「ごめん。でも、わかって。時間が欲しいの。弱ってる時に優しくしないで」
弱ってる時だからこそ大事にしたいんやないか──その言葉を圭司は言えずにいた。
必死で突き放そうとする紗希の姿に、どれほど傷ついているのか痛いほど伝わってくる。それでも圭司とて引けなかった。
「紗希、あの時、俺はお前を守られへんかった。今度は、いや、今度こそ支えたいんや。俺ら、幼なじみで、なんでも話した仲やないか」
「お願い……」
大粒の涙をぽろぽろと零す紗希に圭司はとうとうかける言葉を失った。
ギュッと握り拳を作り、歯を食いしばる。届かない言葉をいくら叫んでも、紗希を苦しめるだけだと思い知らされた。
圭司は大きく深い息を吐きだした。
「わかった。もう言わん。けど、紗希、俺はこれから東京で働く。お前の傍におる。なにかあったら、いつでも呼んでくれ。飛んでくるから」
「……圭ちゃん」
「それならえぇやろ? せっかく傍におるんやから、お互いなにかあったら助けあうのは当然や。それにお前、俺にデートスポットとか観光名所とか、いろいろ案内したるって約束したやないか」
「…………」
「そうやろ?」
紗希はいまだ涙を浮かべているが、それでも泣くことはなく、食い入るように圭司を見つめた。
圭司も見つめ返す。しばしの沈黙のあと、紗希が口を開いた。
「圭ちゃん」
「なんや?」
張り詰めたような互いの声。睨むような紗希の目に、圭司は拒絶されるのではないかと不安を覚えてゴクリと生唾を飲み込んだ。
「な、なんやねん。勿体つけずに、はよ言えや」
「圭ちゃん、すっかり関西弁に戻ってるよ。やり直し」
「…………」
「聞いてる?」
「ダメ出しかよ!」
圭司の悲鳴に、やっと紗希の顔にも笑みが戻った。
「ダメ。少しでもマシになりたいなら、イントネーションはムリでも標準語で話して」
紗希は真面目な声音口調でキッパリと言った。あまりに真剣な表情だったため、圭司は驚いて目を丸くし、いかに紗希が苦労したのかを察した。
「わかった。頑張るよ」
「うん、その調子」
紗希の顔にうっすら笑みが戻ってきた。圭司の顔もホッとしたように弛む。
「えっと、なんの話だったっけ?」
圭司の言葉に紗希はふき出した。
「お母さんが圭ちゃんによろしくって言ったって話」
「あ、そうやった、じゃない。そうだった。子どもの頃、俺の名前を出していたって。で、東京に行くなら娘をよろしく頼むって。ずいぶん心配してた」
「……そうね。だけどそれを圭ちゃんに頼むなんて。離婚したばっかりの娘に。困ったもんだわ」
圭司はきまりが悪そうに視線を逸らせ、拗ねたように口を開いた。
「だからやろ?」
「へ?」
「離婚したばかりやから、余計に心配なんやろ? 傷ついてるってわかってるから」
「…………」
「大事な娘がこれ以上傷つかんようにって願ってるんやろうが。親心ちゃうんか? 俺の気持ちは半年前に伝えたはずや。だから、紗希」
紗希はじっと圭司を見つめ、沈黙した。だが、すぐに返事をした。
「圭ちゃん、大阪弁になってるよ」
「あ、あんなぁ! 人が真面目な話をしてるっちゅーのに!」
「わかってるっ」
打つような激しい声に圭司は口を噤んだ。
「わかってるよ、そんなこと! 言わなくたって、わかってる。でも、今、誰かに頼ったら、二度と立ち直れなくなるようで怖いの。お願い、圭ちゃん、言わないで」
「紗希」
紗希の目が潤む。苦しげに吐きだされた言葉。圭司は咄嗟に腕を伸ばし、紗希を抱きしめていた。
「圭ちゃん……」
「俺を頼ったらえぇんと違うんか? なんのために東京勤務を依願したと思とる? お前の傍に……」
紗希は圭司を押し退けて後ずさった。
「紗希」
「そんなの、ヤだ。離婚したばっかりなのに、もう誰かに寄りかかるなんて。あの時も寂しくて、優しくされて……繰り返したくない」
「…………」
「ごめん。でも、わかって。時間が欲しいの。弱ってる時に優しくしないで」
弱ってる時だからこそ大事にしたいんやないか──その言葉を圭司は言えずにいた。
必死で突き放そうとする紗希の姿に、どれほど傷ついているのか痛いほど伝わってくる。それでも圭司とて引けなかった。
「紗希、あの時、俺はお前を守られへんかった。今度は、いや、今度こそ支えたいんや。俺ら、幼なじみで、なんでも話した仲やないか」
「お願い……」
大粒の涙をぽろぽろと零す紗希に圭司はとうとうかける言葉を失った。
ギュッと握り拳を作り、歯を食いしばる。届かない言葉をいくら叫んでも、紗希を苦しめるだけだと思い知らされた。
圭司は大きく深い息を吐きだした。
「わかった。もう言わん。けど、紗希、俺はこれから東京で働く。お前の傍におる。なにかあったら、いつでも呼んでくれ。飛んでくるから」
「……圭ちゃん」
「それならえぇやろ? せっかく傍におるんやから、お互いなにかあったら助けあうのは当然や。それにお前、俺にデートスポットとか観光名所とか、いろいろ案内したるって約束したやないか」
「…………」
「そうやろ?」
紗希はいまだ涙を浮かべているが、それでも泣くことはなく、食い入るように圭司を見つめた。
圭司も見つめ返す。しばしの沈黙のあと、紗希が口を開いた。
「圭ちゃん」
「なんや?」
張り詰めたような互いの声。睨むような紗希の目に、圭司は拒絶されるのではないかと不安を覚えてゴクリと生唾を飲み込んだ。
「な、なんやねん。勿体つけずに、はよ言えや」
「圭ちゃん、すっかり関西弁に戻ってるよ。やり直し」
「…………」
「聞いてる?」
「ダメ出しかよ!」
圭司の悲鳴に、やっと紗希の顔にも笑みが戻った。