ツンデレ騎士様が溺愛してきます。

1:わざとじゃないんです!




 バックハグでお腹の前に手を回されています。
 やばいです。ひじょーに、やばいです。
 ぷにっとした下っ腹がバレます。

「イレーナはふわふわしていて気持ち良――――勘違いするなよ、これは魔女の呪いのせいだからな!」
「はいはい、承知しておりますよー」

 ラルフ様は…………とにかく派手なお方です。
 さら艶ロングのシルバーブロンド、突き抜ける青空のような瞳。
 お顔はクールビューティー系だとかファンの方々がおっしゃっていました。
 細マッチョという体型で、脚の長さは白目になりそうなほど。
 伯爵家嫡男で、騎士団の花形である近衛隊の副隊長という、見た目も生い立ちも経歴も派手なお方です。

 そんなお方が何故か、私――準男爵家の三女で、鳥の巣だといつもからかわれてしまうモサモサ焦げ茶色の髪と、なんの特徴もない焦げ茶色の瞳を持つ平々凡々な女――を溺愛しています。
 魔女の呪いのせいで。

 ラルフ様との出逢いは、王国騎士団の演習イベントを見に行った時でした――――。



 ◆◇◆◇◆



「ねぇ、いつもこんなに多いの?」
「今日は王女殿下が観覧されるから、っていうのもあるみたいよ」

 友人に誘われて、王国立競技場で行われる騎士団のイベントに参加しました。
 騎士団の誰それ、などにはあまり興味がなかったのですが、一糸乱れない集団での行進や演舞は見てみたいと思っていたのです。

「あ、あそこに座ったら? 私はあっちに座るわ!」
「そうね。終わったら貴女の席に行くわ」
「じゃ! 初観覧、楽しんでね!」

 二人並んで座れる席はなく、うろうろとさまよいはしたものの、一階席の前列近くにどうにか座ることができました。
 妙に騒がしいなと思い辺りを見回すと、数列下の所に王女殿下と夥しい数の護衛の騎士様がいらっしゃいました。
 どうやら王族席である仕切りがある場所は、一般の観覧席より上の方のなので見えづらいらしく、一般席に座られたようです。

 全員が手足を揃えて行進するさまや、宙を舞うような演舞に、心から感動しました。通常の業務もある中、ここまで出来るようになるまでに、どれほどの訓練をしたのでしょう。

 イベントのメインである、手に汗握る模擬戦が始まった時でした。
 ずっと前のめりで観覧されていた王女殿下が、黄色い声を上げられました。どうやら、『推し』の騎士がいらっしゃるようです。
 友人も少し離れた席で立ち上がって何か叫んでいます。……たぶん、『マリウス様の三角筋がえろーい』とかそんなのを。
 
「ねぇちゃん、ちょっと退いてくれ。便所に行きてぇんだ」
「あら、はい。すぐに立ちますわね」

 隣に座られていたおじさんに声を掛けられて、立ち上がったついでに私もお手洗いに向かおうと歩き出しました。
 
 お手洗いに行くためには、どうしても王女殿下の近くを通らねばならず、転けたら駄目よ!と心の中で唱えつつ、デイドレスのスカートを少し摘み上げながらそっと歩いていました。
 久しぶりの外出で履き慣れないヒールは、足元が覚束ずヨタヨタ歩き。
 後ろを歩いてきているおじさんが舌打ちしていますが、こればっかりはどうにもならないので、もう少しのあいだ我慢してほしいところです。

「クソッ、もういい」
「へ?」

 丁度、王女殿下と護衛の方々の側に来た時。
 後ろのおじさんにドンと押し退けられてしまいました。

「きゃっ!?」
「死ねぇぇぇぇ!」

 右足首からゴキィっと変な音がし、全身に痺れるような痛みが走りました。
 ふらりとよろけて、私を押し退けたおじさんに体当たりしてしまい、更にはおじさんに弾かれて、近くにいた騎士様の顔面に頭突きをかましてしまいました。

「ぐあぁぁぁ!」
「ぎゃあぁぁ!」

 辺りは一瞬にして、地獄絵図のようになりました。

 おじさんは階段から転げ落ちたうえに、なぜか騎士様から剣を向けられています。
 私が頭突きをかましてしまった騎士様は顔を押さえてうずくまり、指の隙間からはダバダバと血を流されています。

 そして、私は俯せで地面に倒れ込んだところに、二人の騎士様から剣を向けられてしまいました。

「すみません! すみません! わざとではなかったのですっっ」

 ――――慣れないヒールのせいなんですっ!


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