ツンデレ騎士様が溺愛してきます。
3:治癒魔法。
「――――目を覚ましなさい」
優しそうな女性の声が聞こえます。
「お願い、起きてちょうだい」
可愛らしい女の子の声が聞こえます。
ゆっくりと目蓋を押し上げると、艷やかにウエーブした真っ黒な髪の毛の女性と、煌めくような金色のロングヘアーの女の子が視界に飛び込んで来ました。
「ほへ?」
「良かった。すぐに治癒魔法を掛けるわね」
――――治癒魔法?
治癒魔法という言葉を使えるのは、この国でたった一人だけ。
「まひょ、はま?」
魔女様、と言いたかったのに、上手く話せません。
「あへ?」
「大変な時にごめんなさいね。寝ていては治癒魔法の効きが悪いから――――」
右足首骨折、左手骨折、歯が三本折れ、頬は腫れ上がり、腹部は妙に腫れているそうです。
腹部の腫れは……どっちかわかりませんが、言われて全身が痛いことに気が付きました。
「……いひゃい」
「えぇ、ええ。痛いわよね。私の護衛騎士がごめんなさいね」
私の護衛騎士、そう言えるのは――――。
「ひぇんか」
「本当にごめんなさいっ」
「殿下、発動させますので少しお下がりを」
「っ……うん」
魔女様が私の顔の上に手をかざしました。
じんわりとした温かさを感じます。
あら? 何だか熱い……あれ? ものっそい熱い!
「いっ…………」
痛いです。びっくりするほどに痛い! でも何だか言えない雰囲気です。
だって、魔女様の額に青筋が立ち、汗だくになりながら、治癒魔法を掛けてくださっているのです。
私には魔力を見ることは出来ませんが、部屋の隅まで下がられた王女殿下が胸の前で指を組み、青い顔でこちらを見つめているので、とても凄くて大変なことが行われているのでしょう。
何故か『王族は必ず魔力を持って産まれる。強い魔力には、強い代償を伴う』という伝承がふわりと頭の中に浮かび上がりました。
「っ、うっ!」
「もうちょっとよ。頑張って! …………ふぅ。終わったわ」
魔女様がそう仰っしゃられた瞬間、バンッ! と大きな音を立てて、部屋のドアが開きました。
「治癒は成功しましたか⁉」
「「……」」
ドアから勢いよく入ってきたのは、いつも食事を持ってきてくださっていた、シルバーブロンドの騎士様でした。
「淑女の部屋に無断で入るなんて非常識な事、騎士団は是としているのかしら? そういえばこの子を酷い目に遭わせたのも騎士団だったわね。いつの間にこの国の騎士道はそこまで落ちたのかしら?」
魔女様の額にまたもや青筋がビキビキと浮き上がりました。治癒魔法の時よりも何だか凄い気迫を感じます。
「私はただ心ぱ――――っ! ぶ、部下の後始末と謝罪をしに参りました」
「……ふぅん。へぇ。ほぉ」
何故か魔女様がニヤニヤとしています。相槌がとても適当です。いったい何が面白かったのでしょうか?
「イレーナちゃん、体調はどお? 痛いところや苦しいところはあるかしら?」
そう言われて自身の手足や顔、お腹などを触ってみました。
どこも痛くありません。苦しくありません。
お腹はプニッとしたままです。
凄いです!
凄すぎです!
あんなにも痛かったのに、苦しかったのに、手足はパンパンに腫れていたのに。
綺麗に元通りになっていました。
「っ! 魔女様、ありがとうございます! 王女殿下、ありがとうございます!」
「「良かった」」
可憐な声と優しい声と低い声とが重なって聞こえました。
シルバーブロンドの騎士様にそっと視線を向けましたら、眉間に大峡谷を刻まれていました。
何故に睨まれているのでしょうか? もしかして、まだまだ暗殺を疑われているとか? どうしましょう⁉ ちょっと怖いです。