YUZU
父さんが海外出張!?
日曜の朝、ラッキーなことが起きた。
テレビのスーパーヒーローをなんとなく流しながら、母さんの冷凍食品で朝食を食べているときだった。
白米、カマスの塩焼き、小松菜と油揚げの煮びたし、卵焼きに具沢山味噌汁(素)。
(うちの朝食って、どうしてこんなに古臭いんだろ)
シリアルとかトーストとか、そういう方がパパっと食べられるし、今時なのに。全く時代遅れの朝食だ。
(昭和かよ。って、昭和知らねーけど)
「あのな、柚樹」
ため息交じりに箸で煮びたしをつついていたら、父さんが喋りかけてきて(またかよ)とげんなりする。
と、その時、テレビ台の上で父さんの会社携帯がブー、ブブーと音を立てて細かく振動し始めた。
「なんだ、日曜に」
文句を言いながらも「はい、秋山です」とすぐに出る父さん。
(真面目だな。オレだったらぜってぇ出ねぇ)
ま、どうでもいいけど。と、柚樹は味噌汁を啜りながら鼻を鳴らす。
「はい。ええ。ええ。は? ええ~?」
(?)
いきなり父さんの声のトーンが上がった。慌ててビジネスバッグから資料を出して「ええ、ええ」と深刻そうにメモを取り始めている。
(トラブル発生?)
柚樹は食事を進めながら、その様子を見守る。
「しかし、あの工場は……。はい、はい、はい。……今からですか?」
なんか知んないけど、大変そうだな……
(それってチャンスじゃん?)と、柚樹はほくそ笑んだ。
父さんが仕事に出かけてくれれば、リビングでゲームが出来る。YouTubeも見れるぞ。
「はあ、高橋君がチケットを持ってるんですね。わかりました。はい、はい。ええ、大丈夫です。では、失礼します」
電話を切った父さんが「柚樹、すまん」と申し訳なさそうに手を合わせてきた。
(来たぞ!)と思いながら、柚樹は平然を装い尋ねる。
「休日出勤?」
「いや、それが……ちょっとトラブルがあって、父さん、今からベトナムに行かなきゃいけなくなったんだ」
「は? ベトナム? 今から?」
これには、さすがの柚樹も目を丸くする。父さんの海外出張は珍しくないけど、こんなにいきなりは初めてだ。
「え? いつ帰ってくるの?」
「……戻るのは次の土曜日になりそうだ。さすがに一週間もお前一人にさせるわけにはいかないから、秋山か春野のおばあちゃんに連絡して」
「ダメっ!」
反射的に大声を出した柚樹に、父さんが片眉をよせた。
「ダメって、この前からなんでそんなに嫌がるんだ? 秋山のおじいちゃんおばあちゃんも春野のおじいちゃんおばあちゃんとも仲がいいじゃないか」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
そう尋ねられて、柚樹は口ごもる。
どういう問題かは自分でもうまく説明できない。仮に説明できたとしても父さんには言えないことだった。
「とにかく、オレ、一人で大丈夫だから!」
「だけどな」
「夏目のばあちゃんもその方がいいって言ってただろ」
「それは父さんと二人の場合だ。柚樹一人きりとなると話は違ってくる」
子ども扱いされたみたいで、ちょっとカチンときた。
「それって、オレが信じられないってこと?」
「別にそういうわけじゃ」
困った顔で時計を気にしながらそわそわする父さんを見ていたら、ふと、名案が浮かんだ。柚樹は懇願するような表情を作って言ってやる。
「オレだって、家族の一員としていろいろ協力したいんだけど」
赤ちゃんのためとは言わなかったけど、案の定、父さんは都合よく解釈したみたいだった。
「そうか。……そうだな。お前ももうすぐ兄ちゃんになるんだもんな」
感慨深げに頷く父さんにシラケつつ「じゃ、決まりだね。後片付けはオレがやっとくから、早く行きなよ」と、ダメ押しの優等生を演じる。
小6ともなると、大人の顔色を窺って行動したり、大人たちが喜ぶ発言をしたりするのが得意になる。親や先生たちの見ていないところで悪さをして、表面上は優等生ぶるスキルが急激に上がるのだ。
柚樹だけでなく、学年全体がそんな感じ。おかげで柚樹は現在、クラスに居場所がないのだけど。
「母さんの言う通りだな」と父さんが感心したように柚樹を見つめた。
「何が?」
「最近の柚樹は頼もしいって、母さんが嬉しそうに言ってたんだ。お前も大きくなったんだな」
「……急がないと、飛行機に間に合わなくなるよ。オレも食器洗ったら、明日提出する作文の宿題しなきゃだし」
「そうだな。じゃ、いろいろ頼むよ」
父さんはぽんと柚樹の頭に軽く手を乗せ「キャリーバッグは二階だったか」と独り言を言いながら階段を上がっていった。
(なんか、微妙に罪悪感……)
母さんがそんなこと言ってるなんて、知らなかった。だってオレには「ちゃんと片付けなさい」とか、「宿題はやった?」とか、小言ばっかじゃんか。
頬をぽりぽり掻きながら、柚樹はランドセルの中から作文用紙を取り出した。
『大切な家族について書きましょう』
四百字詰めの原稿用紙二枚分もある作文の宿題。実は、二週間前に出されていたものだ。
何を書けばいいのか今の柚樹にはわからなくて、時間はあるしと放置していたら明日はもう提出日だった。いよいよ書かなきゃならない。
「……」
とりあえず、作文用紙は重ねて二つ折りにし、テレビ台の上にぽいと乗せて食べ終えた食器をキッチンへ運ぶ。
なんか、どんどん自分が嫌いになっていく。でも、どうしたらいいのかわからない。
支度を終えた父さんは「何かあったら、すぐにばあちゃんたちに連絡するんだぞ」と何十回も念を押して、キャリーバッグを転がしながらベトナムへと旅立っていった。
テレビのスーパーヒーローをなんとなく流しながら、母さんの冷凍食品で朝食を食べているときだった。
白米、カマスの塩焼き、小松菜と油揚げの煮びたし、卵焼きに具沢山味噌汁(素)。
(うちの朝食って、どうしてこんなに古臭いんだろ)
シリアルとかトーストとか、そういう方がパパっと食べられるし、今時なのに。全く時代遅れの朝食だ。
(昭和かよ。って、昭和知らねーけど)
「あのな、柚樹」
ため息交じりに箸で煮びたしをつついていたら、父さんが喋りかけてきて(またかよ)とげんなりする。
と、その時、テレビ台の上で父さんの会社携帯がブー、ブブーと音を立てて細かく振動し始めた。
「なんだ、日曜に」
文句を言いながらも「はい、秋山です」とすぐに出る父さん。
(真面目だな。オレだったらぜってぇ出ねぇ)
ま、どうでもいいけど。と、柚樹は味噌汁を啜りながら鼻を鳴らす。
「はい。ええ。ええ。は? ええ~?」
(?)
いきなり父さんの声のトーンが上がった。慌ててビジネスバッグから資料を出して「ええ、ええ」と深刻そうにメモを取り始めている。
(トラブル発生?)
柚樹は食事を進めながら、その様子を見守る。
「しかし、あの工場は……。はい、はい、はい。……今からですか?」
なんか知んないけど、大変そうだな……
(それってチャンスじゃん?)と、柚樹はほくそ笑んだ。
父さんが仕事に出かけてくれれば、リビングでゲームが出来る。YouTubeも見れるぞ。
「はあ、高橋君がチケットを持ってるんですね。わかりました。はい、はい。ええ、大丈夫です。では、失礼します」
電話を切った父さんが「柚樹、すまん」と申し訳なさそうに手を合わせてきた。
(来たぞ!)と思いながら、柚樹は平然を装い尋ねる。
「休日出勤?」
「いや、それが……ちょっとトラブルがあって、父さん、今からベトナムに行かなきゃいけなくなったんだ」
「は? ベトナム? 今から?」
これには、さすがの柚樹も目を丸くする。父さんの海外出張は珍しくないけど、こんなにいきなりは初めてだ。
「え? いつ帰ってくるの?」
「……戻るのは次の土曜日になりそうだ。さすがに一週間もお前一人にさせるわけにはいかないから、秋山か春野のおばあちゃんに連絡して」
「ダメっ!」
反射的に大声を出した柚樹に、父さんが片眉をよせた。
「ダメって、この前からなんでそんなに嫌がるんだ? 秋山のおじいちゃんおばあちゃんも春野のおじいちゃんおばあちゃんとも仲がいいじゃないか」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
そう尋ねられて、柚樹は口ごもる。
どういう問題かは自分でもうまく説明できない。仮に説明できたとしても父さんには言えないことだった。
「とにかく、オレ、一人で大丈夫だから!」
「だけどな」
「夏目のばあちゃんもその方がいいって言ってただろ」
「それは父さんと二人の場合だ。柚樹一人きりとなると話は違ってくる」
子ども扱いされたみたいで、ちょっとカチンときた。
「それって、オレが信じられないってこと?」
「別にそういうわけじゃ」
困った顔で時計を気にしながらそわそわする父さんを見ていたら、ふと、名案が浮かんだ。柚樹は懇願するような表情を作って言ってやる。
「オレだって、家族の一員としていろいろ協力したいんだけど」
赤ちゃんのためとは言わなかったけど、案の定、父さんは都合よく解釈したみたいだった。
「そうか。……そうだな。お前ももうすぐ兄ちゃんになるんだもんな」
感慨深げに頷く父さんにシラケつつ「じゃ、決まりだね。後片付けはオレがやっとくから、早く行きなよ」と、ダメ押しの優等生を演じる。
小6ともなると、大人の顔色を窺って行動したり、大人たちが喜ぶ発言をしたりするのが得意になる。親や先生たちの見ていないところで悪さをして、表面上は優等生ぶるスキルが急激に上がるのだ。
柚樹だけでなく、学年全体がそんな感じ。おかげで柚樹は現在、クラスに居場所がないのだけど。
「母さんの言う通りだな」と父さんが感心したように柚樹を見つめた。
「何が?」
「最近の柚樹は頼もしいって、母さんが嬉しそうに言ってたんだ。お前も大きくなったんだな」
「……急がないと、飛行機に間に合わなくなるよ。オレも食器洗ったら、明日提出する作文の宿題しなきゃだし」
「そうだな。じゃ、いろいろ頼むよ」
父さんはぽんと柚樹の頭に軽く手を乗せ「キャリーバッグは二階だったか」と独り言を言いながら階段を上がっていった。
(なんか、微妙に罪悪感……)
母さんがそんなこと言ってるなんて、知らなかった。だってオレには「ちゃんと片付けなさい」とか、「宿題はやった?」とか、小言ばっかじゃんか。
頬をぽりぽり掻きながら、柚樹はランドセルの中から作文用紙を取り出した。
『大切な家族について書きましょう』
四百字詰めの原稿用紙二枚分もある作文の宿題。実は、二週間前に出されていたものだ。
何を書けばいいのか今の柚樹にはわからなくて、時間はあるしと放置していたら明日はもう提出日だった。いよいよ書かなきゃならない。
「……」
とりあえず、作文用紙は重ねて二つ折りにし、テレビ台の上にぽいと乗せて食べ終えた食器をキッチンへ運ぶ。
なんか、どんどん自分が嫌いになっていく。でも、どうしたらいいのかわからない。
支度を終えた父さんは「何かあったら、すぐにばあちゃんたちに連絡するんだぞ」と何十回も念を押して、キャリーバッグを転がしながらベトナムへと旅立っていった。