YUZU

キレイごとの多様性社会

 時間はないけど今朝は寒い。去年、ネットショップで買ってサイズが大きすぎて着れなかったフード付きパーカー。せっかくだし、アレを羽織っていきたい。
 土間のハンガーラックをかき分けていると「朝食の話だけどね」と柚葉が後ろから話しかけて来た。

「私は、家庭の数だけ朝食も多様でいいと思うのよね」
「どういうこと?」
 柚樹は紫色のパーカーを探しながら、柚葉に尋ねた。

「たとえば、共働きで朝忙しい家は、菓子パンに牛乳とか、みんなでシリアルをかき込む朝食が実用的でしょ。おじいちゃんおばあちゃんも一緒の大家族なら朝粥ってところもあるかも。子供の年齢や兄弟の数でも朝食の内容は変わってくるだろうし、作る人が誰なのかとか、料理が上手い、下手もあるじゃない? もちろん家族構成によっても違ってくる。シングル家庭、再婚の家族、国際結婚とかね。最近はお父さんが二人、お母さんが二人って家族もあるって言うでしょ。だから家庭のライフスタイルによって朝食は千差万別でいいのよ。今は多様性の時代だから、朝食も家族に合わせてカスタマイズすればいいと思うのよね。柚樹のお母さんの手の込んだ朝食も素敵だし、友達の家のシリアル朝食も素敵。つまりね、極論言っちゃえば、愛さえあればどれも素敵な朝食だと思うのよね」
「ふうん」
 探していたパーカーが見つかり、袖を通しながら振り返ると、いいこと言っただろう的な、どや顔の柚葉が自分を見つめていた。

「柚葉って」と柚樹。
「なに?」
 褒められると思っているのか、口角がちょっと上がっている。

「なんかちょっとおばさんっぽい」
「おばっ? 何それ、ちょっと!」

「いってきま~す!」
 べぇっと舌を出して、柚樹は家を飛び出した。そのまま通学路を走りながら首を傾げる。

(何が言いたいのか、さっぱりわからん)

 頭がいいからかな? 聡明高校だし。
 まあたぶん、うちみたいな再婚の家族は珍しくない的な? 慰め的な?

 うちが再婚って知った時、大人たちは一瞬(どうしよう)みたいな顔になって、それから「最近はよくある話」みたいなことを明るく言ってくるから。笑顔で「大丈夫大丈夫」とか、ムカつくことを言う人もいる。

 特に母さんと父さんが再婚した直後くらいは、そういう人たちが近所にたくさんいて、まだその意味がわかっていなかった柚樹は何が「よくある話」で何が「大丈夫」なんだろうと不思議だった。

 父さんも母さんも笑って話をしていたから、あの頃は大人の挨拶的ななんかだと思っていた。そのあと少しして、近所の空き地に新興住宅が建てられ、「作業の音がやかましい」だの「引っ越してきた若夫婦が挨拶しない」だの、みんなそっちの話で持ちきりになって、いつしかうちが再婚だって話をする人もいなくなった。

 あの時、新興住宅が建てられなければ、今も、うちの再婚話が格好のネタだったかもしれない。

(ま、それだけ世の中甘くないってことだよ)
 小6ともなれば、世間のシビアさだって、肌で感じられる。

 多様性社会っていうのは、言葉だけのキレイごとだ。多様性って言葉は、学校の先生たちもよく使う。ダジャレじゃないけど、小学校ではそれこそ多用されている。

『多様性を認めましょう。』
『多様性や個性を大切にしましょう。』

(でもそれって、逆に言えばみんなが多様性を認めていないし、個性を大切にしていない証拠だろ?)

『外から帰ったら手洗いうがいをしましょう。』
『廊下は走らず歩きましょう。』
 小学校のあちこちに貼られている注意と同じだ。

(できない人が多いから書いてあるんだ)

 多様性というわりに、隣の東小では、去年、アジア系ハーフの児童がイジメにあって転校したって噂だし。現に柚樹も、保育園の先生だった母さんと父さんが再婚したことがクラスに知られて、みんなから偏見の目で見られている。

 つまり父さんと母さんの再婚は学校で認められる多様性の範囲外なんだ。

 シングル家庭も再婚家庭も、最近の日本じゃ珍しくないとか言うけど、なんだかんだ言っても柚樹の小学校ではまだまだ少数派。
 ほとんどの家庭は、血のつながったお父さんとお母さんと兄妹がいる。それが普通で常識で、一般的で、それ以外は『変』なんだ。

 先生や大人たちは、偉そうに多様性多様性と連呼するけど、ぜんっぜん日本の教育に浸透していない。

 それって結局、大人たちが多様性に順応してないからだろ? 大人ができないのに、子供ができるわけないじゃんか。だから、日本の多様性はめちゃくちゃ狭いままなんだ。

(……と、そんなことより、今は学校)
 込み上がるモヤモヤに蓋をして、ランドセルをカタカタ言わせながら、柚樹は全力疾走した。
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