淡雪の恋 心に弾けた思いを君へ
 次の日も朝から母ちゃんは台所に立っている。 「おはよう。」
「あらあら、おはよう。 寝れた?」 「うん。 久しぶりでぐっすり寝ちゃった。」
「そっか。 バスケも大変だもんなあ。」 「グワーーーー、おはようさん。」
「朝から怪獣が吠えてる。」 「怪獣って何だよ?」
「お兄ちゃんよ お兄ちゃん。」 「俺がどうかしたか?」
 朝から俺たち兄妹は言い争いをしている。 仲がいいのか悪いのか、、、。
まあね、良過ぎて言いたいことも言えないよりはずっとましだと思うぞ 俺は。 やっぱりね、喧嘩して何ぼだよ。
「陸上はどうなの?」 「まあ、なんとかなるんじゃないか?」
「なんとか、、、、、ね?」 「何だよ? ご不満でも?」
「お兄ちゃんなら永遠にbクラスよねえ?」 「何だと、! こら!」
母ちゃんは味噌汁を作りながら二人のいつもの会話に笑いをこらえている。
「こらこら、そこのお姉さん。 立ち聞きはいかんですよーーーー。」 「ごめんごめん。 あんまりにバカバカしいからつい、、、。」
「えーーー? バカバカしいだって。 兄ちゃんのせいだからね もう。」
 いつもの賑やかな朝が戻ってきた。 我が家はやっぱりこうじゃないとねえ。
そんでもって朝食はいつもご飯と味噌汁なのであります。 じいちゃん、いや父さんがうるさかったらしくてね。
ばあちゃんはそんな父さんをどう見てたんだろう? 娘の敬子に子供を産ませたお父さんを、、、。
腸煮えくり返ったろうなあ。 よく殺されなかったね。

 「あゆみは試合の報告会よね?」 「そう。」
「敏夫はいつもの部活ね?」 「だと思う。」
「ということは、、、あゆみが先に帰ってくるのか。」 母ちゃんは一瞬寂しい顔をして溜息を吐いた。
「何か言った?」 「んんんんんん、何にも。」
あゆみに突っ込まれて母ちゃんは慌てて首を横に振った。

 さてさて、ここはあゆみが通っている奥山第三中学の講堂です。 今から全校集会のようですねえ。
「ただいまより先日行われましたバスケットボール県大会の報告式を行います。」
むさ苦しい講堂の中でバスケ部の面々が前に呼び出され、監督が試合報告を行っている。
「今大会は昨年と違って各校ともレベルアップをしてきています。 そこでこちらとしましても大変に、、、。」
 報告式が進んでいる頃、俺は街路を走っている。 駅前通りから住宅街へ抜ける。
日影が多いせいか、暑さもそこまで感じない。 でもやっぱり暑い。
 「先日行われましたバスケットボールの県大会での報告をさせていただきます。」 あゆみも選手の一人として前に立った。
 監督の話が終わってキャプテンの青島優子が挨拶をする。 そして準優勝旗と準優勝杯が贈られた。
その後は各クラスに別れて夏休みの状況報告やら宿題の進捗状況などを話し合って10時半には家に帰ってきた。

 「ただいま。」 「あら、お帰り。」
「兄ちゃんはまだ?、、、よね。」 「うん。 今頃はまだ走ってるんじゃないかなあ。」
「そっか。 じゃあ部屋でのんびりしよっと。」 「お昼はどうする?」
「出来たら食べる。」 「分かった。」
 俺は5キロを走ってるところ。 グラウンドを飛び出して大通りを爆走中だ。
なんたってさあ、高校駅伝に出るんだから鍛えとかないとねえ。 負けられないよ。
 母ちゃんはと言うと昼食を済ませてからのんびりとテレビを見ている。
頬杖をついてボーっとしているんだけど、いつの間に寝たのか、ガクンと顔が落ちて目が覚めた。
「やべ、涎まで垂らしてる。 まいったな。」 椅子から立ち上がると急いで顔を洗う。
慌てて座り直したところにあゆみが入ってきた。 「ねえねえ、、、。」
「へ? 何?」 「ユニフォームさあ、まとめてクリーニングに出すから500円出してくれって。」
「あ、ああ、そうなの?」 「どうしたの?」
「いやいや、何でもない。 分かったわ。」 「変なの。」
 あゆみが居間を出て行った後、敬子はホッと溜息を吐いた。
別にこれということも無いんだけど、涎まで垂らしてたことがばれなかったからホッとした。
でも母ちゃんは内心で焦っても居た。
(寝言まで聞かれてないかな?) だって、あの夜の敏夫の夢を見てたんだもんね。

 そんな私には消したくても消せない記憶が有る。 あれは15の夏だった。
受験勉強の気休めに学校のプールで泳いだ後のこと。
 クラスメートはほとんど家でのんびりしてたらしいんだけど、、、。 私は教室で勉強しようと思って廊下を歩いていたの。
 私が保健室の前を通った時、お父さんとばったり、、、。 「おー、敬子か。 泳いでたのか?」
「うん。 これから勉強しようと思って、、、。」
 お父さんは学校関係の仕事をしている人だったからこの学校にもよく来てたわ。 けどね。
 「お前にいいことを教えてやろう。」 そう言って保健室のドアを開けたの。
「勝手に入ってもいいの? 怒られるんじゃない?」 「心配するな。 仕事で来てるんだから、、、。」
 そう言うとお父さんは私を捕まえて奥のほうへ歩いて行ったわ。 「何をするの?」
「いいから俺に任せろ。」 お父さんは私をベッドに押し倒すと覆いかぶさってきたの。
必死に抵抗したけど、お父さんには適わない。 スルスルっと服を脱がされて抱かれてしまった。
ポロシャツを脱がされ、下着も剥がされて気付いたら全てを失っていた。
 痛いとか恥ずかしいとかそんなことより全てを失ったことが悲しくて一晩中泣いたわ。
あっという間にお父さんの物にされてしまった。 でもお母さんには言えなかった。
お父さんとの秘密を守りたいと思ってね。 でも守れなかった。
 半年くらいしたらお腹が膨らんできたの。 「太ったねえ。」ってお母さんには笑われたわ。
でもね、変なことに気付かれて病院に連れて行かれたわ。 「おめでとう。」って言われたお母さんは状況を理解できなくて戸惑っていた。
そのうちに犯人探しが始まった。 親戚まで一緒になってね。
終いには話さざるを得なくなって話したわよ。 聞いた瞬間にお母さんは家を飛び出していった。
そして離婚届けを送ってきたの。 親戚も私たちから離れて行ったわ。

 その後、お父さんはどうしたかって言うと、私を妻のように可愛がってくれていたわ。
最初は受け入れる気になれなかった。 だって娘なんだもん。
こんなことしてちゃいけないってずっと思ってた。 でも気付いたら全てを受け入れていた。
私が受け入れないとお父さんが壊れちゃうって思ったのね。 心から愛していた。
それで高校には行かずに家のことは全部やろうって決めたのよ。
 お父さんは飲んで帰ってくる日も多かったけど、そんな夜も抱かれたわ。
そしてあゆみが生まれた。 その時、私は18になっていた。
「高校へ行かないのか?」って聞かれたけど断ってスーパーで働き始めたの。 お父さんも50を過ぎてたからね。
それでも敏夫やあゆみのことは死ぬまで内緒だよって言われてたから敏夫にすら話せなかったのよ。
でも二人とも良く育ってくれたわ。 ありがとう。
 来年からはあゆみも高校生よね。 どうするのかな?

 やがて夕方になって俺は家へ帰ってきた。 「ただいま。」
「お帰り。 暑かったでしょ?」 「暑いなんてもんじゃないよ。 走ってたから最悪だった。」
「うんうん。 冷たいジュース 有るわよ。」 「おー、戴き。」
俺はジャージ姿のままで椅子に座った。 あゆみは部屋で勉強中らしい。
母ちゃんはジュースを入れたコップを持って俺の隣に座った。 「いつもどれくらい走ってるの?」
「最低でも5キロだね。」 「そんなに?」
「うん。 駅伝に出るからさ、、、。」 「そっか。」
「監督も厳しくてさ、、、。」 「高浜高校は厳しいって前から有名なのよ。」
「そうなんだ。」 俺はふと母ちゃんの胸元に目をやった。
「何か付いてる?」 「いや、、、。」
「お父さんみたいね。 お父さんも触り始めたらずっと触ってた。 寂しかったのかな。」 母ちゃんは遠い目をして俺を見詰めていた。
 「ねえねえ、今夜は何を食べるの?」 ちょうどいいタイミングであゆみが入ってきた。
焦った俺は舌打ちをしながら二階へ上がった。 「お兄ちゃん どうしたの?」
「さあねえ。」 「それよりさあ、今晩 何を食べるの?」
「忘れてた。 買ってこないと何も無いのよ。」 母ちゃんは財布を持つとあゆみと二人で買い物に出て行った。
 俺は何もやる気が出なくて床に寝転がっている。 でも母ちゃんのことを思うと何だかやりきれなくて、、、。
なんであんなことをしちゃったんだろう? 言い訳は何とでも出来るけどさ。
それにしたっていくら何でも母ちゃんを押し倒して抱かなくたって、、、。
強姦なんだから捕まったっておかしくないんだ。 母ちゃんだって俺を叩き出すことくらいは出来たはずなんだ。
でもなんであんなに優しいんだろう? 気になるよな。
「ちょっくら妹の部屋でも覗いてやるか。」 俺が部屋を出たら玄関が開く音が聞こえた。
(ちきしょうめ、いいタイミングで帰ってきやがったぞ。) 部屋に飛び込んだ俺はまた床に寝転がった。

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