淡雪の恋 心に弾けた思いを君へ
 「ねえねえ、今晩さあカレー食べない?」 「いいわねえ。 作ろっか。」
「あたしも手伝うからさあ。」 「じゃあお願いね。」
「これじゃあ俺の出番は無さそうだな。」 舌打ちをしながらゴロゴロしている。
すると、、、。
「兄ちゃん 手伝ってーーーー!」 あゆみの声が聞こえる。
半分眠くなった目をこすりながら下りていくと、あゆみはジャガイモの皮を剥くのに悪戦苦闘している。
「貸してみろ。」 あゆみから包丁を受け取ってイモの皮をスルスルと剥いていく。
ついでにニンジンもささっと切って鍋に放り込む。 「これでいいだろう?」
「すごーい。」 「キャンプで鍛えられたからさ、、、。」
「そうなんだあ。 じゃあさあ、兄ちゃんやってよ。」 「何だそりゃ?」
「いいしょ。 上手いんだもん 兄ちゃん。 お願い。」 あゆみは仏様でも拝むような仕草をしながら俺を見た。
「しゃあないな。」 「やったあ。」
言うが早いか、あゆみはさっさと階段を上って行った。
 結局は俺と母ちゃんがやることになったんだ。 「敏夫と二人か、、、。」
「そうみたいだね。」 俺は洗い物をしている母ちゃんの腰に腕を回した。
「やめなさい。」 「分かった。」
野菜などが煮えてくるとルーを入れる。 そしたらしばらくは放置してもいい。
俺は台所を離れて椅子に座った。 テレビを見ようとしていたら母ちゃんが膝の上に座ってきた。
「甘えたいなあ。」 「それ 俺のセリフ。」
「なあに?」 「甘えたいのは俺なんですけど、、、。」
「いつか、、、ね。」 「グ、、、。」
「どうしたの?」 「母ちゃん 馴れ馴れしすぎるから、、、。」
「ごめんごめん。 敏夫に厳しく言っておいて、、、。」 そう言いながらもたれてくるから冷や汗物だよ。
煮込んでいたカレーのいい匂いが漂ってくる。 ご飯も炊けたようだ。
「あゆみーーー、出来たぞーーーー。」 母ちゃんとじゃれながらあゆみを呼ぶ。
ドタドタト階段を下りてくる足音が聞こえる。 母ちゃんは焦って飛びのいた。
「グググ、、、。」 「何よ?」
「だって、いきなり飛びのくからおかしくて、、、。」 「あんなに大きな声で呼ばなくてもいいでしょう? 意地悪。」
「ごめんごめん。」 「カレー 出来たの?」
「出来たよ あゆみ。」 「え? 私?」
「二人揃ってボケってやんの。」 俺が笑っていたら母ちゃんの肘鉄が飛んできた。
「笑わないの。」 「ング、、、痛い。」
「さあ、食べようか。」 鳴きまねをする俺をほっといて二人はカレーを食べ始めた。
「いいんだもん。 いじけてやるんだもん。」 「兄ちゃん いじけても可愛くないんだけど、、、。」
「そうそう。 可愛くないない。」 「何だよ、母ちゃんまで。」
脇にパンチをしてみる。 「ワー、家庭内暴力だあ。」
「何だよ、さっきまでさんざんに笑わせといて、、、。」 「ごめんごめん、謝るから許して。」
「似た者同士か、、、。」 あゆみがボソッと言った。
「え?」 俺たちは思わず顔を見合わせてしまった。
「お互いさまで仲良しよねえ、兄ちゃん。」 「あゆみ、、、。」
「たまにはさあ、兄ちゃんの肩を持っとかないとおごってくれないもんねえ。」 「そこかーーーー。」
「それしか無いじゃない。 何が有るの?」 「いや、その、、、。」
こう突っ込まれたら俺は言い返せないんだよ。 妹にはとことん弱くて、、、。

 今夜も我が家は何となく平和で何となく危ない夜を迎えるのである。 テレビはニュースタイムのようだ。
あゆみは早速二杯目を食べ始めた。 「よく食べるなあ。」
「そりゃあ成長期ですから。」 「横にか?」
「失礼ね。 縦にも育ってますけど、、、。 ねえねえ、お母さん 兄ちゃんに言ってやってよ。」
あゆみは不満そうな顔で母ちゃんを見た。 「まあまあ、あゆみもこれからが大事な時なのよ。 分かってあげなさい。」
「大事な時、、、、、、、か。」 「かって何よ? かって?」
「何でもない。 何でもない。」 「あ、逃げた。」
食事を済ませると宿題を口実に俺は部屋へ飛び込んだ。 終わらせないとやばいんだよ。
でもさ、机に向かっているとあの日の母ちゃんのことを考えてしまう。
じいちゃんはほんとに母ちゃんとやってたんだろうか? そして母ちゃんは?
 「毎晩抱かれたわ。 私が拒否したらお父さんが壊れそうで、、、。」
そう言ってたけど、本当にそうなんだろうか?
この先、もっと好きな人が現れた時、俺は母ちゃんから離れられるだろうか?
 なんだか眠れなくなった俺はYouTubeを見ていた。 昔はいろんな動画が有ったよなあ。
 動画を見ながらやっぱりじいちゃんのことを考える。
俺が生まれた時、じいちゃんはどう思っただろう? 娘が子供を産んだことをどう思っただろう?
そして俺を抱き上げたあの日、どう思っただろう?
喜べなかったんじゃないかな? ばあちゃんには逃げられたんだし。
そういえばさ、叔父さんとか叔母さんとか居ないよね。 どうしてなんだろう?

 その頃、一階では母ちゃんも眠れないままにゴロゴロしていた。 どうしても敏夫のことを考えるらしい。
「このままでいいのかな? もしまた妊娠するようなことが有ったら、、、。」
翌日も仕事だというのに寝返りを繰り返しては溜息を吐いている。
 「ダメダメ。 敏夫にははっきりと言わないとね。 私はあなたの母親であって彼女でも何でもないんだって。」
そうじゃないと後で敏夫が苦しむもの。」
やがて朝になった。 母ちゃんは眠い目をこすりながら朝食を作っている。
「おはよう。」 そこへあゆみが起きてきた。
「今日も練習?」 「んんんんん。 今日は休み。」
「そっか。 じゃあさあ洗濯を頼んでもいいかな?」 「分かった。」
「あれ? 敏夫は?」 「兄ちゃんねえ、まだ寝てる。 起こしてこようか?」
「いいわ。 夕べさ、パソコン見てたの知ってるんだ。」 「いいの?」
「いろいろと考えることも有ったんでしょうから。 こういう時は起こさないほうがいい。」 「兄ちゃんも部活じゃ?」
二人はそろそろとカレンダーに目をやった。 「何だ、休み化。」
「そっか。 だから寝なかったんだ。」 「さあねえ。 それだけじゃないかもよ。」
「どういうこと?」 「兄ちゃんって何を考えてるか分からない人だから。」
「それもそうかも。 じゃあ、仕事に行ってくるから後をよろしくね。」 「はーい。」
 母ちゃんは家から20分ほどのスーパーへ出掛けて行った。 あゆみはご飯を食べながら考えてみた。
「お母さん、何か考えてるみたいだけど何なんだろう?」 でもまあ、いくら考えても中学生に分かるはずも無く、、、。

 (お母さん これまで大変だったんだろうなあ。 私も手伝わなきゃ、、、。)
見ているテレビでは母親を殺した高校生のニュースが流れていた。
 殺してどうするのよ? 殺したって何にもならないじゃない。
そもそも、このごろは親が子供を殺したり、子供が親を殺したりする人が多いけどどうなってんの?
みんな おかしいよ。
 兄ちゃんだって怒らせると怖いから物を持ってる時には近寄りたくないのよね。
でもお母さんは仲良しよねえ。 何か有るのかな?

 俺は俺で寝ているのに寝てないような気がして落ち着かない。
だからって起きるでもなく、寝るでもなく、食べるでもなく、ゴロゴロしている。
 じいちゃんはあの時、どう思ったんだろう? 母ちゃんを押し倒した時、どう思ったんだろう?
俺だってさ、父ちゃんと母ちゃんの間に生まれたかったよ。 もっとまともな家族に生まれたかったよ。
あんなに若い母ちゃんと暮らしてるんだぜ。 だちにはさ、羨ましがられてるみたいだけど、そんなんじゃねえよ。
嘘でもなくハッタリでもなく紛れもなく俺たちは親子なんだ。
それなのにさあ、母ちゃんとやっちまった。 これじゃあどうしたらいいんだよ?

 いつか昼になり、あゆみはなかなか下りてこない俺を心配して見に来た。




< 4 / 10 >

この作品をシェア

pagetop