淡雪の恋 心に弾けた思いを君へ
 「兄ちゃん 起きてる?」 「んんんんんんん。」
「それはいいけど、体調でも悪いの?」 「悪いのは頭だけだ。」
「それは知ってるわよ。 んでほんとに大丈夫なの?」 「ああ。 寝てなかったから寝てただけだ。」
「ならいいけどさあ、お昼 何食べる?」 「ラーメンでもいいよ。」
「分かった。 出来たら呼ぶね。」 「あいよ。」
 俺はまた毛布を頭からかぶった。 そしてうとうとしているとあゆみの声が聞こえた。
「出来たよーーーーーー。」 まるで冬眠から覚めた熊みたいにのそのそと居間へ入っていく。
カップラーメンを持って立っているあゆみをしげしげと見詰めてしまう。 「どうしたの? そんなに見詰めて、、、。」
「いや、、、お前が目の前に立ってるから気になって、、、。」 「そうやってお母さんも見てたんじゃないの?」
「アホか。 なんで母ちゃんを見らんといかんのよ。 いっつもここに居るのに。」 「いっつも居るから見ちゃうんじゃないのかなあ?」
「お前、ドラマの見過ぎ。」 「そんなドラマやってないけど、、、。」
「ぎ、、、。」 「え?」
「何でもない。 勉強忙しいんだろう? 頑張れ。」 「う、うん。」

 あゆみが今を出て行った後、俺はカップラーメンを食べながらふと思った。 (あいつも女らしくなったなあ。)
ついこの間まで泥んこになって追い掛けっこをしていた二人である。 でもいつか、あゆみは走り回らなくなった。
そして気付いたら胸も膨らんでいて俺でも見惚れてしまうほどになっている。
 そんなあゆみが目の前に立っていたんだ。 心臓が破裂するかと思ったよ。

 その頃、母ちゃんは近くのスーパーでレジ打ちをしている。 時には店長の代理をしたりもしている。
なんてったって16年も働いてきたんだからね。 店のことはよく分かっているんだ。
 レジには今日もたくさんのお客さんが並んでくれている。 コンビニまで有るっていうのに、、、。
 敬子が働き始めた頃は一番年下で一番素人だった。 レジの機会にも慣れてなくて大変だった。
計算するつもりでポケットを開けてしまったり、正しく打ち込んだつもりがとんでもない金額になっていたり。
足し算をしているはずなのに、計算してみたら引き算をしていたり、、、。
「紙でやったほうが速いんじゃないか?」 みんなにはそう言われていた。
 掃除をしていてもよそ見をしていたら棚に突っ込んで商品を落としたり、ばら撒いたり、、、。
失敗は多かったけれど、店長は辛抱して雇ってくれていたらしい。
それが今では店長代理なんだからなあ、、、。

 俺はカップラーメンを食べている。 そこへあゆみが入ってきた。
「何か用か?」 「何にも無いわよーーーー。」
見ると手には洗濯籠を持っている。 「洗濯おばさんか。」
「失礼ねえ。 レディーに向かっておばさんだなんて、、、。」 「お前はまだまだガールだよ。」
「レディーです。」 「ガールだってばよ。」
「なんでガールなのよ?」 「お前はまだ女の子、、、だからだよ。」
「いいえ。 レディーです。」 「はいはい、そうですか。 あゆみ殿。」
「じゃあ、この洗濯物あげるわ。」 「おいおい、、、。」
あゆみは俺の下着とTシャツをテーブルに置くとさっさと行ってしまった。
「ったくもう、あれでレディーのつもりなのかねえ?」 ところがこの議論は夜まで続くことになるのである。

 あの日、娘に子供を妊娠させてしまったじいちゃんはどう思っただろう? 何がそこまでじいちゃんを追い込んだんだろう?
そして俺を妊娠してしまった母ちゃんはどう思っただろう? そしてこの話をあゆみが聞いたらどう思うだろう?
あゆみはパパが大好きだった。 でも実際にはそれがじいちゃんだったんだ。
受験生だし、今そんなことを聞いたってどうしようもないだろう。 ただ人間不信になることは間違いない。
母ちゃんも好きなあゆみのこと。 そのショックは俺でさえ想像できない。
 じゃあ、ばあちゃんはどう思っただろう? 結婚して娘が生まれて幸せだったはずなのに、、、。
旦那が娘に手を出して妊娠させてしまった。 殺したいくらいに憎んだはずだ。
それでもなんとか離婚届だけで我慢したんだ。 ほんとならそんなもんじゃ収まらなかっただろうに。
 じいちゃんには兄妹が居たはずだ。 でも会ったことは無い。
みんな揃って見切りを付けたのかな? それとも?

 部屋に戻って机に向かってみる。 相変わらず難問ばかりの英語である。
辞書を捲りながら単語を引っ張り出し、文章らしくしてノートに書いていく。 でもどっか違うんだよなあ。
他のやつはさっさと終わらせたのにこいつだけ残ってるんだよ。 ったく意地悪なんだからなあ。
 6時には母ちゃんも帰ってくる。 そうしたら落ち着けなくなるから今のうちに、、、。
ピンポーン。 誰か来たようだ。
「はーーーーい。」 あゆみの声が聞こえる。
「だからさあ、、、それがそうなんだよ。」 二人で階段を上がってくる声が聞こえる。
(友達が来たのか。) 様子を伺っていると隣の部屋からcdの音が聞こえてきた。

 あの日、母ちゃんはショックだったろうな。 じいちゃんの次は俺だったんだから。
(何のために私は生まれたの?) 本気でそんなことも考えたかもしれない。
それでも気を取り直して俺に向き合ってくれた。 「母さんと敏夫は親子なのよ。 恋人でも何でもないの。 だからね、こんなことしちゃいけないのよ。」
頭の中が真っ白になっている俺にもその言葉はナイフよりも鋭く突き刺さった。
以来、母ちゃんをまともに見れないと思っていた。 それなのに母ちゃんは俺と向き合ってくれているんだ。
俺が吹っ切れないでいるのはどうかしてるよな。 でもさ、あの写真を見ちゃったんだよ。
母ちゃんが俺を抱っこしている写真。 じいちゃんと並んでいる写真も。
心から喜んでいるようには見えなかった。 複雑だったよ。
生まれてはいけない人間だったのか? でも俺は母ちゃんが好きで生まれてきたんだ。
もちろん、あゆみだってそうだろう。 だからこそ、真実を話すべきかどうか母ちゃんも悩んでいるんだ。
母ちゃんを苦しめるために生まれたんじゃない。 母ちゃんもそれは分かってるよ。
 母ちゃんも俺もあゆみもじいちゃんの子供なんだね? 何でこんな家族になったんだろう?

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